12.四階 〜浮遊の羽根と石化の危険〜
■地下迷宮 四階 ナイラ 治癒術師Lv3 商人Lv2
エレベーターが大きな音を立てて止まった
音だけでなく振動もかなりのもので
ナイラはカゴの底が抜けるかと思って
側面につかまってかたく目を瞑った
「……つい、た……」
長く尾を引く振動と騒音が
両方とも消えてなくなると
ナイラは恐る恐る片方ずつ目を開いた
頭上からの明かりが届く範囲は
二ブロックほどだろうか
そっと床を踏みしめて
エレベーターから抜け出す
消していた光石の明かりを灯して
周囲を確認する
三階は湿気っていたのに
四階はかなり乾燥しているようだ
こんこんとからっ咳が出る
彼女はいくつか買っておいた
麻痺予防のアメ玉をひとつ口に放り込んだ
すると索敵のれんの効果が切れた
冗談ではない
あれがなくなるとソロ探索は無理だ
彼女は慌ててのれんを展開し直した
その時だ
急スピードでこちらへ向かってくる
魔物の存在が感じ取れた
まだ四階の心の準備ができていない
ナイラは蒼白になって
隠れ場所を探し
左右に目を配った
だが良い場所は見つからない
見つかるまで走らなければ
しかし足も背も重たい
背中の荷物は大概ヤムに渡してきたが
テントは背にしたままだ
(えーん重たいよー
やっぱり浮遊の羽根が必要だよー
こんなところで死にたくない
生きてやる生きてやる
だって私
私──)
「まだお礼してもらってないんだからー!」
物欲にまみれた魂の叫びが
静かな迷宮内にこだまする
それに呼応するかに
後ろから追ってきていた魔物が
雄叫びをあげて彼女の前へ回り込む
ナイラはごくりと喉を鳴らして
こっそりとポケットに手を入れた
中には煙玉がいくつか入っている
そのうちのひとつを汗ばむ手で握りしめて
真ん丸い目で魔物を見つめた
目の前にいるのは
背中に翼を生やしたスカンク
ウイングスカンクと言えば
見た目の可愛らしさと裏腹に
強い毒素を身に帯びて
ガスとともにそれを噴射してくるという
しまったと彼女は内心で舌打ちする
毒消しは持ってきていないのだ
状態異常解消の魔法もまだ使えない
あれはレベル4で解放されるのだ
一か八か
煙玉を振りかぶって
床に叩きつけようとした
その瞬間
きぃきぃと訴えかける声を発して
スカンクが首を左右に振ってみせた
それからそれは後ろ足で立ち上がり
空いた両手をこちらへ見せて
降参の意思表示をする
ナイラは持ち上げていた右手を
少しずつわきへ下ろした
目線は外さないままだ
高速移動で追ってきたから
てっきり敵対的なモンスターかと思ったが
どうやら違うらしい
「何か用事があるの?」
人語は話せないらしいスカンクが
頭だけ上から下へと動かした
うなずいている様子だ
「怪我をしているようでもないし
……困ったわね
売り物はヤムさんにあげてきたのよ」
動物がまた首を左右に振ってから
鼻先をナイラの口元へ近づけてきた
「あ! この飴が欲しいの?」
うんうんと縦に振った頭を固定して
今度は口をあーんと開けるスカンク
ナイラは同じ飴を
その舌の上に乗せようと
手を伸ばした
しかし
ちょうどその時
きゅ!
と短い鳴き声をあげて
スカンクが回転した
小さな腹部が
急速にふくらんで
手足がじたばたと暴れ出す
見るからに慌てている
小動物を見てナイラが思うに
どうやら毒ガスが
腹部を圧迫しているのだ
「ど
どうしたらいいの!?」
「きゅ!!」
スカンクがもう一度
開けた口を彼女に向けた
飴?
と不思議に思いつつも
ナイラが構えていた飴を
スカンクの口に放り込んだ
スカンクが自分の口を
両手で押さえる
すると
風船のようにふくらんでいた
腹部が目に見えてしぼんでいく
ほー──……
難を逃れて安心した
ひとりと一匹は
同時に肩から力を抜いて
長い息を吐き出した
スカンクはその後
羽ばたきながら踊って見せると
四つ足歩行に戻って
どこかへ行ってしまった
後に残ったのは羽根が二枚
床からわずかに浮かんでいた
「羽根? もしかして……」
拾い上げたらナイラの身体が
屈んだ姿勢のままで
ぷかりと浮かんだ
「ぅひゃ?」
不安定な体勢をキープできず
浮かんだ状態を保ちつつ前転したら
背中の荷物が床のスレスレを
振り子のように前後した
まるで鉄棒で遊んでるみたいだ
ナイラは振り子の揺れが収まると
羽根から手を離した
どさっと音がして
背中から床に着地する
「いたた……もう」
手から落ちた羽根はまた
床の少し上に浮かび
まるでナイラを笑っているかのようだ
意趣返しにと軽く飛んで
羽根を上から踏み付けた
すると靴の底がいい感じに床を離れた
こうやって使うものだったのか
ナイラは足が軽くなったのを
確かに感じて小躍りした
直線の通路を走ってみて
これまでよりも速く走れるのを確かめてもみた
そうそうこれこれ
何度もうなずいたナイラだが
浮遊の羽根のもうひとつの効力に気付くのは
それからしばらくしてからだった
* * *
「……」
床に転がした光石の杖の周りを
蛇の尻尾を持ったニワトリがうろうろしている
三階でエレベータートークンをくれた
ニワトリと比べるととてもスリムで
俊敏な動きを見せるニワトリだ
残念ながらかなり敵対的なモンスター
あれの名前はコカトリスという
石化や麻痺といった状態異常の特殊攻撃をしてくる
やっかいな相手だ
麻痺は飴で予防できるからいいとして
問題は石化である
(こういう時は
どうしようもなくひとりが怖いわ
ここには今 私しかいない──)
治療してくれる仲間がいないソリストにとって
石化は即死亡を意味する
予防のために
薬液を作らなければならないが
素材が足りない
いくら戦闘から逃げても
離脱前に向こうから仕掛けてくるものは
どうしようもない
だから今ナイラは
戦闘が始まらないように
モンスターの索敵範囲に入らないように
必死だ
通路の天井近くまでへと空気の階段を登り切ると
その後も同じ高さをキープして
敵がどこかへ行ってくれるのを
じっと待っている
本当なら魔物の頭上を
身を屈めて進んでいくのが良いのだが
床に置いてある明かりが必要なので
相手が立ち去るのを待つしかないのだ
コカトリスが杖をくちばしで
つんつんとつついている
ナイラは半泣き状態で
早くどこかへ行ってくれと祈った
誤字報告ありがとうございました!
助かります。
初期の段階ではキャラの名前が違ったんですよね
だいぶ直したんですがまさかまだ残っていたとは…感謝感謝。




