表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/60

31.六階 〜狂乱の呪い〜

■地下迷宮 六階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2


真っ黒い毛並みが血にまみれている


「キッチャ! ガァガー!!」


「なっん

 何で……」


体表が漆黒になり

ところ構わず暴れ出すのは──

あれは狂乱の呪いだ


先ほど癒しの術を使った時には

その片鱗はなかった


いや

むしろ

それがあれば

傷と共に癒えていたはずなのだ


であれば可能性はひとつ


治癒の術を解除の鍵にして

呪いを包み隠す覆いを仕込んでいたのだ


どうやって?


それはもちろん──


ナイラは恐る恐る

自分が握っている矢へ視線を向けた


ライオンから抜き取った時には

血にまみれてはいたものの

確かに白木色だったそれが

今はどす黒く変色していた


その矢を取り落として

ナイラは両手で顔を覆う


(わた、し?)


血が顔についてしまうとか

そんなことを気にする余裕はない


腹に宿っていた赤子の呪いを覚醒させた元凶は

間違いなくナイラ自身だ


良かれとしか思わず使った

治癒魔法

それが子の母殺しの原因となった


その事実はあまりに衝撃

腹の中に鉛の球が入っているような感覚

込み上げてくる吐き気を飲み込んで

口元を押さえる手が震えている


ナイラはうわ言のように言った


「ごめんなさい

 ごめんなさい

 ごめん……」


「おいナイラ!

 それどこじゃナいダろ!

 お前ナラ治せるんじゃナいのカ!?」


言われてナイラの手が下がった


カッと見開いた両目に

血まみれで横たわる母ライオンと

虚空へ向けて雄叫びを上げる子ライオンとが

映り込んだ


そうだった

まだできることがあるうちは

それ以外のすべては後回しだ──


しかし


一瞬だけナイラの動きが止まる


もしもまた同じことが起きたら?


いや

呪いと知っていれば解除もできる

進むしかない!


ナイラは全力で母ライオンに駆け寄るかたわら

そばにいるリーダーライオンに声を投げる


「ウィン

 呪文の詠唱は途中で切れたら

 最初からやり直しです

 私に集中させてください!」


「分カっタ!」


出血を少しでも減らすため

ライオンの破けている腹部を押さえるように

両の腕を広げてしがみつくナイラ


ライオンの命の炎が

急速に小さくなっていくのを感じながら

間に合え間に合えと祈りつつ

治癒魔法をかけていく


「光満ちたる永遠(とわ)水面(みなも)

 闇に沈みし刹那の洞穴(どうけつ)

 天より注ぎ砕けし力よ」


リーダーライオンは暴れる我が子を

地面に押さえつけている


本来なら体格差も手伝って

楽に勝てる勝負だが

子どものほうには狂乱の呪いがかかっている


そう簡単にはいかないようで

黒毛の子ライオンは

自身を押さえつけている父親の腕に噛みつき

難なく拘束から逃れた


その後その子の牙の向いた先は父親ではなく

──白い上衣を血に染めた治癒術師だった


それは一瞬の出来事


子ライオンはナイラの細い肩先めがけて

かじりつくと口元に力を込めて

深々とその牙を食い込ませた


ナイラの詠唱が一時的に止まる


彼女は腕を食いちぎられるのではないかと思った

母親の傷口を押さえていた彼女の両手が

患部から離れた


しかしまだ魔法は息づいている

呪文の続きを唱えられれば

治癒魔法は発動するだろう


ナイラは気迫のみで何とか持ちこたえて

必死に母ライオンへ再度しがみついた

それによって魔法の効力をたもてる


(──お願い おねがい

 助けたいの邪魔をしないで

 お願いだからどうかまだ死なないで

 二人……三人で幸せな日々を過ごして)


「おおい なる いやしの──わざ……っ」


あふれる涙で頬の血がひと筋ふた筋拭われていく

すると肩に突き刺さっていた牙が

力を失って抜き去られた


顔だけそちらへ向けると

父ライオンが子ライオンの首根っこを噛んで

ナイラから引きはがしているところだった


彼女が感謝を伝えたくて頭だけでお辞儀すると

一瞬目の前が真っ黒になる

手負いの心にその光景は厳しく

思わず途切れそうになった集中を

慌てて引き留めた


「……命の 泉より……湧き(いず)る恵みを

 ()の者に与え給え──

 完全回復(ヒーリア)!」


詠唱が終わると

術者の体内から魔力と体力が消費される


ナイラはこのところ夜に眠っていなかったため

万全の態勢とは言いがたかった


そこをもってきて使おうとしている術は

成功率五割の賭け事めいたものだ


最後にものを言うのは

命の精霊に捧げる純粋な祈りの深さのみ


(──お願いします

 お願いします

 お願いです

 どうか見捨てないで……

 この哀しい母を

 どうか助けてあげて

 あの罪のない子とともに

 平穏な日々に戻れますように)


小さな闇の粒を内包した光の珠が

たくさん生み出されて

シャボン玉のように

ふわふわと舞い上がっていく


術が成功した証だ


母ライオンが柔らかな光に包まれる


その腹部の傷が徐々に癒えていくのを

見届けたナイラは

父ライオンに押さえ込まれている

子ライオンへ視線を転じた


しかし難しい術に成功したことで

安堵してしまったのか

気が抜けたらしく

肩の痛みがナイラを苛んでくる

なかなか術に集中できない


仕方なくナップザックの中に入っていた

傷薬を使った


怪我などは治癒魔法であらかた治せる

薬は応急処置だ


だが今は力を使いすぎているとも感じる

子ライオンの呪いを解除しても

怪我を治せるだけの力が残るだろうか


いや

最悪の場合は自身の怪我は後回しで

テントに寝るしかない

痛み止めの薬草も持っている

何とかなるだろう


ナイラは子ライオンのそばに両手膝をついて

疲労のあまり閉じそうになっている

両のまぶたをめいっぱい引き開けた


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ