30.六階 〜サバンナの真打ち〜
■地下迷宮 六階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2
元々
メンバーが嫌いになったというより
自らの誓いを優先した結果の決別だった
そこさえ解決すれば
かたくなに袖にしなくても
一緒に行動するのに問題はない
そう考えていたナイラに
けれど盗賊から返ってきた言葉は
非情だった
「しつけぇぞナイラ
オメェだってここまでくるのに
モンスターの一体や二体
ヤッてんだろ?」
「……!
私は誰の命も奪ったりしてません」
三人からどよめきがあがる
「おいここ六階だぞ?」
「マジか!」
「信じらんない……どんな裏ワザ?」
「ズルしたわけじゃないですよ」
話の分かる魔物が
どの階層にもいた
それだけのことだとナイラは思っている
平気で他の命を奪っている間は
永遠に見えてこない道を
自分は歩いているのだと
誇りに思えて胸を張る
けれどすぐに意気消沈して
肩を落とした
怪我を治して拒絶されたのは
アンデッド以外には
昨夜の水牛が初めてだった
自分の治癒魔法は
どんな場面でも受け入れられると
そう思っていたが
違ったのだ──
しめっぽい空気をまとって
去ろうとするナイラ
まだ追いかけようとする戦士の鎧が
硬い音を立てる
ナイラはもう言い争う気力もなく
浮遊の羽根を最大出力で使い
荷物の少なさを武器に
可能な限り高みへと跳び上がった
直立しているキリンを
軽く飛び越えられる高さに達する
ナイラの跳躍についてこれるのは
同じく身軽な魔術士くらいなものだろうが
少女は追いすがる気はないようで
戦士にしがみついて彼を引き留めていた
ナイラは元の仲間たちから視線を転じて
辺りをぐるりと見渡した
高いところにいるせいか
夜が明けるのがよく分かる
ここに来た時が夜だったから
二回目の朝だ
丸みのある地平線を赤く染めて
登る日がある方向へと
ナイラは歩き出した
* * *
朝食に干し肉をかじりながら
獣たちの頭上を歩いているナイラは
もう何度目になるか分からないあくびを
うつろな眼差しで噛み殺して
浮かんできた涙を指先で拭き取った
安眠テントを引き寄せようかとも思ったが
セットするのに適当な場所が見つからない
できれば七階への転送陣の近く
それが無理なら五階への陣のそばに
そう考えているのだが
どちらも見つからないまま
二回目の昼が過ぎようとしていた
──このまま夜になったら
もうどこでもいいから
テントを張ってしまおう
ナイラがそんな風に考えていると
獣たちの上空から不思議なものを見つけた
ライオンの群れはこれまでにも見かけたが
ここのは綺麗な円を描いてライオンたちが座っている
まるで何かを守っているかのよう──
いや
『よう』ではない
守っているのだ
何かを
ナイラはライオンの群れに少しだけ近寄った
今は『狩り』の時ではないらしい
何匹かは空中にいるナイラに気付いたが
牙を向けてくるものはいなかった
すると群れの中で一際大きな雄ライオンが
彼女に向かって声を上げた
「アんタ マサカ
ナイラカ?
ナラ降りてきてくれ
──頼みガアる」
クセが強くて聞き取りづらいが
確実に標準語だ
人語を解する獣の言うことなら
聞いてみても良いかと
ナイラは円の外側を目指して飛び降りた
ふわふわとゆっくり近付くうちに
よく見えてきた雄ライオンの姿
それはたてがみの一部を三つ編みにして
緑色の飾り石をぶら下げていた
もしかしたらあの石のおかげで
人語を話しているのかもしれない
ともあれこの群れのリーダーなのは
確かだろう
彼のそばまで歩み寄ると
ナイラはお辞儀をしてみせた
「初めまして
確かに私がナイラです
あなたのお名前をうかがっても?」
「アア
おいラ ウィンってんダ」
「私に頼みって──」
「治してほしいヤつガいる
報酬ハこの階のライオンタちカラの
安全を確保することでどうよ?」
「ライオンだけですか
ヒョウとかもいますよね?」
「いヤ、違う種族相手にどうしろと」
「向かうところ敵なしの
百獣の王じゃないですか〜
もちろんできますよね?」
「うっ
も、……もちろんダぜ
この階の連中
全員に言っときゃ良いんダろ?」
「よし、交渉成立!
誰を癒してほしいんですか?」
依頼は彼の子どもを身ごもった
雌ライオンの腹部のケガを
子ども共々治癒してほしいとのこと
二つ返事でうなずいて
ナイラは連れられるまま
彼女らの元へとやってきた
矢が埋め込まれていた傷は
広くはなかったが
相当に深かった
慎重に慎重を重ねて
矢の撤去から傷を塞ぐ行程まで
すべてをナリアが知る範囲で
最高の魔法で行なう
極度の集中の下で紡ぐ呪文の
それは息継ぎも忘れるほど
成功で終わらせると
ぜいぜいと肩で息をしてから
深く深く細い息を吐き出す
「アりガとう!
サすガ聞いタ通りダ!」
「聞いた通り?
誰から?」
「いヤ
アア
いヤ……
何でもナいサ」
「何でもあるでしょう。
私の噂話でもしてたんですか?」
「してタ
ダガ詳しくハ言えナいんダ
悪いナ
でもひとつダけ言えることハサ
あんた──」
ウィンが何かを言いかけた
ちょうどその時
助けたばかりの雌ライオンが
仰向けになって断末魔の雄叫びをあげる
「グガアァァァッ!!」
「ガゥウ!? グルル? グァ!」
彼は雌ライオンを
なだめようとしているようだった
だが彼に何ができたと言うのだろう
苦しげに身をよじる雌ライオンのそばで
彼女とナイラを交互に見やるばかり
やがて雌ライオンの腹部が
内側から大きく膨らんで破けた
赤子が腹を食い破って出てきたのだ




