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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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30/60

29.六階 〜懐かしい再会はかつて仲間だった人から〜

■地下迷宮 六階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2


脳に直接語りかけるような声は

女性のものだった


人語を解する獣がいたのかと思ったが

これはもしかすると

ヒーリアの副作用かもしれない


他の牛からの声は聞こえてこないから


『どうして放っておいてくれなかったの

 いっそ死んでしまいたかった

 せめて痛みを感じていたかったのに』


「……!」


ナイラは一瞬動きを止めた


『死んでしまいたかった』


それはこれまでに

与えられたことのない

漆黒の翳りを

彼女の心に色濃く残した


「でも

 ──でも──

 そんな

 私 は……」


母牛は憎々しげな眼差しで

ナイラを突き刺している


生きてさえいられれば

それに越したことはない


そう思って生きてきた

その感覚が通用しない相手を前に

ナイラはがくりとうなだれた


「ご ごめんなさい……

 あなたあの子のお母さんなんですよね?

 私 親御さんの気持ちなんて知りもしないで

 でも!

 お子さんはそんなことしても

 嬉しくないと思います

 お母さんの愛情だけが

 幼子の魂の救いになるって」


『それをどうしておまえが決めるの!

 あの子にはもう

 あたしの声は届かない

 愛してるって何度繰り返しても

 もうここには戻ってこないのに』


「あの……」


『もう行って!

 怪我を治された恩があるし

 口添えもあったから一晩は守ったわ

 でももう二度とおまえを助けたりしない』


明確な拒絶は悲しくて

明らかな敵意は寂しくて

ナイラは今にも泣き出しそうになりながら

締めつけられる胸元に手を添えて

深くお辞儀した


「一晩ありがとうございました!

 助かりました!」


身を起こして姿勢を正すと

周囲へも数回に分けて礼を落とす


そうしてナップザックを背負うと

凝りすぎて痛む肩を回しつつ

水場を後にした


その時

違和感はあったのだ


そう

なぜ

ナップザックを

枕にしていた?


目を覚ました時

寝姿勢も整っていた


なぜ?


牛たちに

そこまで気を遣わせたとは

考えづらかった


その時

彼女の頭を埋めたのは

終属性の青年の顔


しかし確信は持てず

彼女はひとまず考えないようにして

浮遊の羽根で六階上空へと飛び上がった


 * * *


幸い

と言うべきなのだろうか

初日以来

ナイラは『狩り』の現場には

出くわさなかった


そして二日目の夜は

木の上で過ごした

はっきり言って

まったく眠れなかった


もし肉食獣がやってきたら

すぐに逃げなければならない


索敵のれんを張ってはいるが

彼らにあるのは

食欲であって敵意ではない

ゆえにのれんは反応しないのではないかと

ナイラは危惧していた


「シュー……」


「?」


変な音が聞こえた気がした


ナイラは軽く首を左右にやって

周辺を確認した


しかし何も見つからない


気にし過ぎかと目を瞑って

蔓を組んで作ったネットの上に

身を沈めた


「シャー……」


落ち着かない


何かがいる気がする

そう

この音に聞き覚えがある気がする


喉を吹き抜ける空気の音

有毒の管(くだ)


そうだ


これは


毒蛇の喉声──!


「またこのパターンっ!?」


がばっと必死で

枝の合間から飛び出して

思い出す


落下して逃げようにも

浮遊の羽根を含めて

手荷物その他を残してはいけない


慌てて両手を元いた場所へ伸ばして

羽根とナップザックの肩紐をつかむが

無理な体勢を取ったことで

背中の右肩から左腰まで痛みが走った


羽根は手で握っていても

顕著な効果は現れない

少しはマシかと思われた落下速度も

実際に落ちてみると

そう目立った速度の低下は

やはりなく


「あ あ あ あ……っ!」


高いところにいすぎた

もう少し低いところにいたなら

落ちても死ぬことはなかったろう


けれども

ここから地面までは

致死の高低差だ──


ナイラはかたく目をつむり

最期の時を待った


もしも安眠テントに戻ったら

もう

探索は終わりにしよう


街で大人しく治癒術師として生きていこう


身のほどを知らないといけない


ここまで来れた


それで充分だ


「『重力制御』!!」


ナイラがすべてのことに覚悟を決めて

胸元で両手をぎゅっと握りしめた時

よく耳に馴染んだ少女の声が聞こえてきた


次いで

ふわりと身体を包み込む

やわらかい何かが感じられる


落下がゆっくりになり

やがて止まった


それとほぼ同時に

ナイラの身体を抱きかかえる

金属鎧の感触が一人分


 ──助かった……?


ナイラは恐る恐る両目を開けた


その視界に入ってくるのは

自分を抱いている戦士の姿

魔術士の少女

軽装の盗賊


忘れもしない

ナイラが袂を分かった

探索者の一行だ


「みんな……こんなところで会うなんて」


自分を抱く腕から降りて

握り込んでいた羽根を手放すと

落ちていくそれは地面の上

数センチくらいの位置で動きを止めた


「ありがとう

 本当にすごく助かりました

 また地上で会えたらお礼させてくださいね」


ナップザックを背負ってから

深々とお辞儀をする


しかし長居はしたくなかったナイラだ


お辞儀をした後は

もう用はないとばかりに

羽根を踏んでから踵を返し

するりと一歩踏み出す


慌てたように追いかけてくる声は

金属鎧の戦士のもの


「お、おい待てよナイラ!

 またひとりで行くつもりか?

 今のでまだこりてないのかよ!

 オレたちと一緒に来ればいいじゃないか!」


「大きい声出さないでください

 何が来るか分からないのに」


「さっき木の上であれだけ叫んでたのにー」


「うっ

 それは確かにすみません

 でもだからこそ余計に気を付けないと」


「オレと一緒にいれば良いんだ

 何が来ても守ってやる」


ナイラが厳し目の声で注意したのを

まったく意に介さず

彼女に合流を促す戦士は

目の前にあるナイラの細い肩に手をかけて

揺さぶった


ナイラは眉間に皺を寄せて

肩の手を払いのける


「やめてください……!」


「ねえナイラ

 あたしたちナイラが居なくなってから

 大変だったわ

 お願いだから戻ってきてよ」


「……もう

 殺すのはやめたんですか?」


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― 新着の感想 ―
自分がギリギリの状況になりながらも、必死に母ライオンと子ライオンを助けようとするナイラの、真っ直ぐな気持ちと強い意志がひしひしと伝わってきました。 肩を噛みつかれながら呪文を唱え続けるのは、並大抵で…
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