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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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28.六階 〜母牛の嘆き〜

■地下迷宮 六階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2


ぼろっ

とナイラの両目から涙があふれた


わなわなと震える唇で

ようやく答える


「分かって──る

 分かってますよ!

 でも

 それでも……

 そんなかんたんじゃ」


「簡単じゃない

 危機に瀕した命は

 本当にもう消えるしかないのか

 その判断は

 途方もなく困難で

 ──常に

 わずかに 迷う

 情けないことにな」


それを聞いた時

ナイラは何となく

トヤも泣いているような

そんな気がした


とても難しい判断を

誰にも相談せずに

ひとりで

こなさなければならない


ひとりひとりの

命を預かって

それゆえ

誰よりも孤独

──さみしくて

かなしい


ナイラは涙を拭きながら

トヤを真っ直ぐに見つめて

返した


「そんなの

 迷って当たり前

 じゃないですか」


その時だ


大きい牛が

ボゥボゥと死にそうなほど

悲痛な声で鳴き出した


足下から苦鳴が振動となって伝わってくる


ナイラは空中の階段の上で屈み込んで

両膝を抱えてそこに顔をうつ伏せた


「ごめんね……」


でも仕方ないことだ


ナイラはそう自分に言い聞かせる


しかし矛盾にも気が付いている


これが自分だったら

どんな手を使っても逃げ出せるように

全力を尽くす


自分以外の生き物を見殺しにするのは

果たして命の誓いに見合う行動だろうか?


けれど

あのヒョウにも日々の糧は必要だ

もしかしたら妻子持ちかもしれないし

狩りの成果は無駄にはされない


それに何より

あの時

ナイラにできることなどなかった


「ごめんね」


他と比べて小さかったあの牛は

まだ子どもだったのかもしれない


それなら

嘆いていた大きい牛は

親だろうか?

今その心痛は如何ばかりか


ナイラがそのようにあれこれ慮っていると

わずかに血の香りが漂ってきた


さっき犠牲になった子牛かと思ったが

切羽詰まった鳴き声が

足元から聞こえてきたので

違うと気付いた


階段をひとつ跳びに飛び降りる

羽根の効果でゆっくりと

沈み込むような速度で大地まで降りると

急いで血臭の元へと向かった


トヤは空中に留まったままだ


   * * *


「 ボォオー……!! 」


そこでは小ぶりな角を生やした

大きな牛が他の牛に対して

幾度も頭突きを繰り返していた


血とともに飛び散る肉片

縦にひび割れる角


牛同士の喧嘩……?


ナイラも一時(いちじ)はそう考えたが

すぐに違うようだと思い直した


角が大きい方は

大きな牛の暴走を

宥めようとしているように見える


いずれにせよ挟まれたら即死だと思うと

おいそれと近付けなくて

ナイラは少しの間

牛の暴走を涙に濡れた目に映していた


しかしそれも長いことではない


何度か瞬きをして

目元から水気を飛ばした彼女は

きりりとそこに力を込めて

スタートダッシュをかけた


「光満ちたる永遠(とわ)の水面(みなも)

 闇に沈みし刹那の洞穴(どうけつ)

 天より注ぎ砕けし力よ

 その欠片(かけら)もて

 大いなる癒しの業(わざ)となさん」


走り出すと同時に唱え始めたのは

どれほど深い傷も完全治癒する魔法


レベル四での成功率は

五割に満たないそれを

ナリアは初めて試した


浮遊の羽根で高く跳び

牛の背へ目がけて落ちていく

うまく乗れはしたが

それはまるでロデオのようなものだ


首根っこにしがみついて

揺さぶられた彼女は

ようやくそれに気付いた


「いの、ちのっ

 い──ずみ、より……っ

 わきっ!」


激しすぎる振動に

振り落とされないようにするだけで

精いっぱいで

呪文の詠唱など続けられないのだ


ナイラは自分のふがいなさに涙ぐみながら

牛を抱く腕に力を込めた


呪文の詠唱は止(と)められないから

心の中で天に祈りを捧げる


どうかこの子が止まってくれますように

その愛情が悲痛を呼びませんように

心の痛みが少しでも和らいでくれますように


ぎゅ

と心を込めて抱きしめる


「ボゥ……」


祈りが伝わったのか

心が通じたのか


牛はいつしか暴れるのをやめて

地に伏した


ナイラは牛の背から降りて

横に膝をつくとそっと両腕をのせる

抱きかかえるように

重くないように


「出(いず)る恵みを

 彼(か)の者に与え給え──

 完全回復(ヒーリア)」


 * * *


安眠テントを五階に置いてきているから

所持品はナップザックに回復系の道具と

食料を多めに持ってきている


それらが入ったナップザックを

枕にしているので

目覚めは少しつらかった

肩が凝り固まってバリバリだ


次に寝る時は他の階に行ける機構──

階段か転送陣のそばに安眠テントを張って

と思っていたナイラである


どうして自分は眠っていたのか

どうしてこんな危険な階で

テントなしで眠って無事だったのか


あれこれ考えて

少しずつ疑問を片付けていく


完全回復の魔法をかけて

魔力が底をついたのだ


人は魔力が空になると

時も場所も構わず眠ってしまう


次に自分が無事でいる理由


これは目を開けて周囲を見たら

すぐに気付いた


牛たちがナイラの周りをぐるりと取り囲んでいる

おそらく守ってくれていたのだろう


「あの……私

 ……ありがとう……」


通じないかもしれないと思った


けれど言葉以外に伝える術(すべ)を持たなかった


だから告げた礼の言葉


けれどあの牛は

それを受けようとしなかった


ナイラを囲んでいた円陣から

一歩進み出て言う


『……どうして?』


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― 新着の感想 ―
ナイラの絶体絶命のピンチを救ってくれた一行。でも、ナイラの信念は揺るがないようですね。 雌ライオンを助けようとして、呪いを発動させてしまったのはショックですね。誰が…何のために…このダンジョンはまだ…
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