30.九階 〜エリクサを持つというのなら要注意だそうです〜
ドラゴンは熟考する間
両目を閉じていたが
もし目を開けて彼女の様子を見てしまったら
これはもう今さら断るのも
無理ではないかというほどに
うれしそうな顔をしていた
やがてドラゴンがまぶたを上げる
すると強烈に満面の笑みを浮かべている
ナイラと目が合って少しばかりびくっとしていた
その後
きしきしと笑ってから告げた
「私たちが使う魔法は
お前たちが言うところの
補助系のものがほとんどだ
それでも良ければいくつか教えよう」
ナイラは胸元でぱちぱちと小さく拍手喝采した
「やったぁ
もちろんもちろん補助系で充分です
私のほかにも教えた探索者いるんですか?」
「いや今まで
教えてほしがったものがおらぬ」
「そうなんですね
攻撃系や回復系の魔法がないのは
理由があるんですか?」
「さて理由になるかどうか
必要なかったのかも知らん
攻撃はブレスと物理的なもののみで事足りる
回復は戦闘中はしないのが嗜み
戦闘が終わったら回復陣を使う」
それを聞いたナイラの口元が
ひし形に開いた
目は真ん丸になっている
彼女の目線が横に動いて
閉じた口を片手で覆った
──そっかだから人間の探索者でも
戦えば勝てる可能性があるんだ
内心で激しく納得するナイラである
うんうんと無言でうなずいていたら
ドラゴンがどうしたと首を傾げて見せたので
両手を振ってなんでもないですと打ち消した
すると視界が少し暗くなる
光霊玉の明かりが弱まったわけではない
ナイラは困り顔で笑って
ドラゴンに告げた
「あー
ちょっと体力が限界です
エリクサ一つ使わせていただいても
よろしいですか
十個のうちの一個」
「構わん
もう宝箱を開けても問題ないぞ」
「ありがとうございます!」
宝箱のフタを開けると
ひやりとした空気が
こぼれ出してきた
周囲に満ちる淡い金色の光に
そっと混ざるように
控えめにあふれた淡いブルーの光
それはその冷気が
精霊力を帯びたものであることの
証なのだった
その冷気にナイラは覚えがあった
トヤから漂ってきた殺気は
ひやりと冷たく
重たげに床をつたって
触れた者を萎縮させるような
そんな気配をしていた
「──ドラゴン様
この保冷の宝箱
十階のラスボスさんから
譲り受けた物ですか?」
「よく分かるな
その通り」
「…………!」
そんな気がしていたから
ナイラはさほど驚かなかった
ただ
視界が暗転した
慌てて手に握っていた
エリクサの小瓶をひとつ開封して
一気にあおる
三口ほどで飲み終わる量の万能薬を
一気飲みして後
ぷはぁ
と酒呑みのオヤジくさい吐息をもらす
「美味しい!
エリクサってこんな味なんですね
さらっとした飲み心地といい
香りといい
りんごに似てるかな?
後口がちょっとだけ桃っぽい
さわやかですね口直しが要りません」
温泉にでも浸かった後のように
体の芯がほわりと温かい
暗くなっていた視界は
今は先程までよりも鮮明に周囲を映していた
これなら難しい魔法のひとつやふたつ
ちょちょいと唱えられそうなほど元気になった
ナイラは食レポを披露してドラゴンを微笑ませた
「鋭い口だな
それには林檎の祖先ともいわれる
禁断の果実が原料に使われておる」
「原料って……
発光するオパールみたいなものじゃ
なかったんですか?」
「──ああエリクサの素か
あれでも二級品のエリクサなら
作れようがな」
「!?」
喉から手が出るほど欲しかったのを
泣く泣くあきらめたエリクサの素が
二級品扱いされて
衝撃を隠しきれないナイラだ
その様子を見て
ふむ
とドラゴンが一呼吸おく
長い首が傾げられた
「知らなかったか
エリクサの素は
そもそもエリクサを煮詰めて
貴石を核に結晶化させたものだ」
「えええ
知らなかったです
じゃあ薄まっちゃうんですね」
「そうその通り
それで二級品と言ったのだ」
そこまで聞いてナイラには
疑問が浮かんでいた
ありのままに質問してみる
「でもドラゴン様
二級品でも効果は同じみたいですよね
どっちも体力魔力両方全回復……」
「いや
同じ効果を得るためには
量が二倍必要になるはずだ
お前も使った時に瓶のサイズに
違和感を覚えなかったか」
ナイラは首を左右に振った
「エリクサを手にしたのは
今回が初めてなんです
探索者の間で流通している物の
サイズは知りません」
ナイラはナップザックの中から
転送ペグを取り出すと
テントを召還した
そのテントの中には
保冷バッグも入っている
保冷の宝箱の中から取り出した
エリクサの小瓶を
ひとつひとつ丁寧に
バッグの中に移していく
その数九個
バッグの口をよく縛って
ナイラは難しそうにうなった
ドラゴンが問いかける
「どうした
難しそうな顔をして」
「いえ
難しいと言えば
──そうなんです難しいんですよ」
神妙な表情で口元に手をやるナイラ
ドラゴンは興味深そうに続きを促した
「二級品のほうは薄まってるわけだから
味も薄いんですよね?
美味しくないほうと同じ値段で売るのは
しゃくだけど
まさか値を吊り上げるわけにもいかないし……」
「お前……まさかそれを売るつもりなのか!?」
「いや
そりゃあできれば手元に置いておきたいですけど
一応ギルドにも所属している商売人ですからね
売ってほしいと言われれば考えますよ」
「考えるだけに留めておけ
むしろ持っていることを隠すべきではないか」
「え? そこから??」
首を傾げたナイラを見て
ドラゴンはほとほと疲れ切ったという様子で
斜め上を見上げた




