23.五階 〜玄武との一触即発〜
■地下迷宮 五階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2
驚きに見開いた目に映る
甲羅が水平に動き亀の頭部が
──玄武の眼がナイラへと向けられた
真っ黒い甲羅に
黒っぽい藍色の頭と足と尻尾
北というよりは
夜といった感じだ
全てを見透かされそうな
漆黒の瞳に映し出されたナイラは
無礼者扱いされたこともあり
すっかり萎縮してしまっていた
「踏んでしまって申し訳ありません……!」
「そこではない」
「え? じゃあ水筒をぶつけたこと」
「それも遠因ではあるが」
「分かった、お茶をこぼしたこと!」
「そうよ!
なぜ真水にせんかった!
不心得者め!!」
えええ?? 真水なら良かったの?
と首を傾げて玄武を見つめるナイラ
怒り心頭の玄武は右前足で
激しく床を踏みしめて
大地震のような振動を起こした
ナイラはまともに立っていられず
尻餅をつく
すると前に投げ出した足を片方
蛇の尾に巻き取られ
引っ張られて
玄武の元へ身体を引き寄せられる
「お待ちください玄武様!
非礼は幾重にも重ねてお詫びしますから
どうか命ばかりは──!」
腹の下に引き込まれて
さすがに慌てたナイラは
必死になって言い募るが
玄武は答えない
冗談ではない
あの巨体が落ちてきたら
確実に即死だ
尾が解けた
自由になったナイラは
まだ続く大振動に負けじと
四つん這いになって
玄武の腹の下から抜け出そうとする
だが亀の足が踏ん張るのをやめて
玄武の身体が自然落下を始めた
急速に迫り来る丸い甲羅
見る間に狭まっていく視界
確実に間に合わない距離感
恐怖
恐怖
「きゃあぁぁぁ!!」
「──トウファ!」
甲羅が背に当たった感触が
ナップザック越しに感じられた
ちょうどその時
聞こえてきたその声はトヤのもの
それを聞いた玄武は足を再び突き出して
自身の荷重を支えた
振動が止んでいる
ナイラは今のうちにと
玄武の腹の下から抜け出した
左右に視線をやれば
玄武の顔のそばに
トヤが立っているのが
見て取れた
「聞き分けが良くて何よりだ」
「分はわきまえておりますゆえ
しかし──この娘は何者で?」
「何
借りがあるのでな」
「それだけにございますか?」
「何が言いたい?」
「いえ
差し出がましいことを申しました」
「よい
──ともあれ
この娘に悪意などはなかったことであろうし
よく話を聞いてやれ」
「トヤさんありがとうございます
玄武様申し訳ありません
先ほどのは無知と偶然の重なった事故です
真水をご所望なんて知らなかったんです」
玄武は呆れたように溜息をついてから
その場に座り直した
今度は丘には見えない
玄武の顔は
こちらに向いたままだからだ
「白虎から聞いておらなんだか」
「水のことなんて一言も
もっと言えば玄武様のことはひとつも」
「あのうっかり者め
なんとならばしようもないな
うぬに非はない
謝らずともよい
代わりに白虎を絞っておくでな」
そう聞くとナイラは
ほっと一安心の吐息を漏らして
玄武に返した
「ありがとうございます
でも白虎様にも
そんなに落ち度はなかったと思います
ちょっと世間話に
花を咲かせすぎちゃっただけで……
あんまり怒らないであげてください」
「ふむ
うぬが言うなら
此度は水に流そう」
「ありがとうございます!」
ナイラはほっと胸を撫で下ろす
それを見たトヤは
不可解だとでも言いたげに
肩を持ち上げていたが
玄武は優しげに両の目を細めた
さて
と玄武が切り出す
「うぬの望みは
謎の手がかりであるの」
「はい
教えていただけますか?」
「良かろう
控えるが良い
──『四つめのそれは
凍える水面からすべてを閉ざす』」
「……ん?」
ナイラは首を傾げた
ひとつ玄武のヒントだけ
麒麟の謎や
他の四神のヒントと比べて
意味が通じない
彼女が困っていると
玄武も同じように首を傾げた
「いかがした」
「何だかちょっと……
方向性が
他の方位神様方と違うなって」
「違う?
ちなみに麒麟兄からは何と言われた」
ナイラはメモを読み上げた
すると決まり悪そうに玄武が俯く
「すまぬ……わたくしの間違いだ
今から言う言葉を書き直せ
良いな?」
「は
──はい
どうぞ」
「『子の間は長く豊かに流れ
老いと共に流れ早くなるもの』」
「……ああ!
それなら意味も通じます!」
「そうであろう
手間をかけたな許せ」
「いえ
もったいないお言葉です
訂正いただきありがとうございました」
あのまま間違えたヒントを採用していたら
意味不明な答えを麒麟に告げていたかもしれない
そう考えれば事前に訂正してもらえただけで御の字だ
そこまで考えて忘れていたものを思い出し
ナイラはナップザックからひと束の葉を取り出した
そのうち傷薬に使うつもりで持ってきていた薬草だ
売り子に追加料金を払って
保存の魔法をかけてもらったので
まだみずみずしい
「どうぞお納めください
玄武様は苦味のあるものが
お好きだと伺ったので──
これ
私の所持品の中で一番苦めのものです」
「ほう
イタドリか
早速いただこう」
「どうぞ」
ナイラがそっと差し出した薬草を
玄武は嬉しげにくわえ
もぐもぐと咀嚼した
「うむうむ
美味いのう」
「お気に召したなら
ようございました
──では私はこの辺で」
「待て待て
対価を得てから行くが良い」
「えっ」
両目をきらきらさせて
ナイラが動きを止めた
く
と笑いを堪える気配が
トヤのほうから伝わってくる
べ
と彼に向けて舌を出してから
玄武へずぃっと近寄る
そして大層嬉しそうなトーンで言った
「何かいただけるんですか〜」




