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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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16.四階 〜四階攻略完了〜

■地下迷宮 四階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2


彼女は標的の周囲を時計回りに走り出し

時々立ち止まって呪文を唱えた


ほう

とトヤが感心した声を上げる


彼女が唱えているのは解除魔法ではなく

術や道具の効果を上げる増幅魔法だった


彼女の作戦は

最大で五倍まで威力を高められる

増幅魔法で解除魔法を強化して

確実に戦闘狂の呪いを解除することだった


しかし

靴底の浮遊の羽根が

砂地と相性が悪く

時々大きく足を滑らせてしまう

そして今 転んだ


「……っ!」


(まだまだ! あと一倍!)


彼女が立ち上がろうとすると

スフィンクスが巨体を大きく揺らして

ナイラめがけて跳躍してきた


「──! ──! ……! ……っ」


彼女は慌てて横に転がり

何とかスフィンクスの飛び込みを回避した


もう全身砂まみれだ


ナイラはスフィンクスの横で立ち上がり

両手の平についた砂を払いながら

五倍目の増幅魔法を唱えた


五倍満タンにしてから

唱える解除魔法の詠唱は

広い広間の全体に響き渡り

さながら

コンサートホールでのリサイタルのようだった


下ろした両手を左右に広げ

スフィンクスの正面に回り込む


足元から上昇気流が立ち昇り

ナイラの長衣をはためかせた


手の平からまばゆい小さな光に包まれた

粒状の闇がいくつもあふれて

巨大なスフィンクスの身体に吸い付いていった


頭は人間

体はライオンの神獣


それは広間の頂上を振り仰いで

一際大きな唸り声を上げた後

がくりと深くうなだれた


「……? ──! いけない!!」


スフィンクスが身に纏っていた

朱金色だったオーラが黄金色に変わったことで

解除魔法が成功したことはすぐ知れた


が、おかしかったのはスフィンクスが

床に突っ伏したまま顔を上げないところだった


スフィンクスから発せられていた金色の光が

見る間に減っていくのに気付いたナイラは

必死になってひざまずき治癒魔法を唱え始める


その後ろから

ゆったりとした足取りで近付いてくる青年は

まだ詠唱中の彼女へ向けてのんびりと言った


「そうだろうな

 戦闘狂の呪いは

 かかるとその間の負傷を意に介さなくなる

 深手を幾つ受けても死ぬまで気付かない

 だが、そいつはまだ死にはしないさ

 治療をしてやる必要まではないと思うが」


詠唱は途中で止めると

また最初からやり直しになるため

彼女は言葉は呪文を唱え続けながら

人差し指を立てて顔の前にかざし

身振りだけで彼の冷静なツッコミをさえぎった


下から上へ風が吹く


彼女の前髪がふわふわとなびいて

手の平から放たれる光に透けて輝く


スフィンクスの金色のオーラが

元通りの威勢を取り戻したのを見て取って

彼女はほっと安堵の吐息を漏らして立ち上がった


「汝は何者か。すっかり世話になってしまったようだ」

「私は」

「名乗るな」

「──え?」


耳元に寄せられた唇から

そっと告げられた助言は

ナイラにとっては不可解なもの


どういうことか詳しく聞こうと思って振り向くと

彼は閉じた唇の前に人差し指を立てて片目を瞑っていた


何となくそれ以上は追求できず

黙ってスフィンクスの方へ向き直ると

それは大きな頭を下げて

彼女と目線の高さを合わせていた


少し考えてから返事をする


「えっと

 名乗るほどの者ではありません

 お役に立てれば光栄でした」


「謙虚なものだ

 だが助かったのは事実……

 汝に褒美をとらそう

 これを持っていくが良い」


スフィンクスの指の何本かには

指輪がはまっていた

神獣はその内の一番小さい輪を外して

床の上に置き

一抱えは軽く超える大きな手で差し出してきた


「これって

 スフィンクスのブレスレット!

 すごいすごい

 これ

 すごく欲しかったんです

 ありがとうございます!!」


スフィンクスのオーラと同じ

黄金色のそれは手首というよりは二の腕に

ちょうどいいサイズの腕輪で

何の飾り気もない無骨な装飾品だった


早速ナイラも腕にはめてみて

その重さを確かめながら問いかける


「指輪がはまっていない指が

 他にもありますね

 別の探索者にもあげたんですか?」


「汝のように授けたこともあれば

 奪われたこともある

 ……無茶をされてな

 汝に止めてもらわねば

 死ぬまで狂ったままであったろう

 改めて礼を言おうぞ」


「ずいぶん強い呪いだったんですね

 普通はかけた相手が戦線離脱したら

 呪いも消えるんですのに」


「呪いの影響下にあった間のことは分からぬが

 それ以前のことなら多少は覚えておる

 五倍の強化魔法がかかっておったわ」


「呪いは怖いです

 私は苦手ですね」


「はは

 治癒魔法の使い手にしてみれば

 得意でない方が良いぞ」


二人

もとい一人と一匹とで

笑い合って和んでいると

青年がナイラの背後からスフィンクスの方へ進み出た


「ハーリス

 後で戻ってくる

 話の内容は言うまでもないな」


「は」


何やら尊大な態度は誰かれ構わずなのかと

ナイラは心配になってトヤの方を見た


プライドの高そうなスフィンクスに

対する態度としては大き過ぎると感じたのだ

だがスフィンクスの方も気分を害するでもなく

平然と受け答えしている


何となく青年の立ち位置を推し量って

何も言わずにいた


(それが許される立場にいるとしても

 私にとってトヤさんはただのトヤさんだわ)


改めて礼を告げた後

彼女はテントを畳んでバックパックの上に

くくり付けるとそれらを背負った


「そしたら

 私いったん地上に戻りますね

 お二人ともありがとうございました

 またお会いしましょう?」


「迷宮出口まで付き添おう」


「いえ

 申し出はありがたいですけど

 また戻ってくるくらいなら

 このままここにいた方がいいと思いますよ」


「そうか? まあお前がそう言うなら良い

 そのブレスレットを持っていれば

 この階より上の連中は襲ってこないだろうしな」


「そうなんですか? あら便利

 ホントにありがとうございます

 じゃあ失礼しますね」


ナイラはニコニコとご機嫌で手を振ると

颯爽とした足取りで広場を後にした


 * * *


■地下迷宮 四階 スフィンクス 神獣Lv4


トヤが腕を組みスフィンクスを見つめた

神獣はへりくだったものか

前足の間に顔を埋めて目線の高さを彼と同じにする


その後で硬そうな唇を開いた


「呪いをかけた者は

 我の左手中指の指輪を持って行った模様です」


「常の通りだ

 掟破りの略奪者には罰を与えよ」


「御意

 ただ上に向かっている様子でございます」


「そやつらにはここに戻ってくるように

 呪いをかけておく

 それで良いな」


「僥倖にございます」


「では私も行くとしよう

 貴様には幸運を祈っているぞ」


「……?」


「どうした? 怪訝そうにして

 何かあったか」


「は

 いえ

 ありがたき幸せ」


うむ

と頷いて彼は闇に溶けた


座り直したスフィンクスは

頭上を仰いで両目を閉じ

しばらくはそのままで思索にふけっていた


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