15.四階 〜お礼の交渉と命の誓い〜
■地下迷宮 四階 ナイラ 治癒術師Lv4 商人Lv2
「ハーリスの?
お前
交渉に失敗したのか
それで俺を頼るようじゃ情けないぞ治癒術師」
いよいよ本気で涙目になった青年は
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら彼女を押しやって言う
彼女は左手で拳を握って
開いた右手を自身の鼻先に構えて
ぱたぱたと振った
「交渉も何もあったもんじゃないですよ
広間に行ったら急に襲いかかってきて
あいさつさえさせてもらえなかったんですから」
思い出すだけでイライラするらしい
普段は垂れ気味な彼女の目尻は
すっかり吊り上がっている
「本来なら人語を解する魔物のはずなのに
何言っても『ガァガァグルグル』って
話にならなかったです」
「そうか……いやおかしいな……
あいつ
いつもは物静かな知性派なんだが
どうやら何者かに戦闘狂の呪いを
かけられてるようだ」
「そうなんですか?」
「ああ
お前の方から攻撃をしかけたら
鬼のように反撃してくるだろうが
話しかけたら温厚なやつだ」
「うーん
そしたら効くかどうか分からないけど
試しに解除魔法をかけてみようかな」
「ディスペルか」
「はい
話の通じる相手なら戦わずに済ませたい
その気持ちはまだ潰えてませんから」
ナイラは命の精霊に誓いを立てている
ひとつには戦闘を避けること
もうひとつは
どうしても戦闘しなければならなくなっても
相手を殺すのはしないことだ
「もし
その魔法が効かなかったらどうする
俺に奴を殺してほしいか?」
彼の問いかけと共に
冬の夜のような寒気が
二人の足元を満たした
ぞわりと震えて彼を見る
まるでどんな生き物でも
その命を終わらせるのは容易い
とでも言っているかのよう
彼女は慌てて首を左右に振った
「とんでもない!
命の誓いは永遠に不滅です!
もしあなたがブレスレットを手に入れるのに
スフィンクスを殺さなきゃいけないなら
さっきのお願いは取り消します」
「そうか
良かったな」
「?」
先ほどの寒気が嘘のように消えて
彼の表情が柔らかくほころぶ
何が良かったのかと聞くと
もしもスフィンクスを殺してほしいと願うようなら
先にナイラを殺すつもりだったと言うではないか
「ちょっと!?
怖いじゃないですか!
大体まだお礼をもらってない内から
殺されちゃうなんて
だいぶ理不尽っていうか!」
「いやいや
お前のためだ
道具のために代理でモンスターを殺してほしいと
願うような治癒術師は
どうせこの迷宮で長生きできないからな」
「もー
変なタイミングで
人を試さないでくださいよね」
そこまで言うとナイラは
床の上に膝をついて途中だった作業を再開した
薬草水を容器に詰め終えると顔だけ向けて青年に言う
「スフィンクスの件は
自力でいけるかどうか試してみますから
お願いするかどうかは保留でいいですか?
もし交渉が成功したら
あなたには他の物をおねだりしちゃうかもしれません」
「ちゃっかりしてるなお前
分かりやすくて良いが
……だが
やはり共にハーリスの下へ向かうとしよう
俺なら魔法を確実に無力化できる
お前が解除に失敗したら
それで礼の代わりとするのはどうだ?」
「そう
ちゃっかりさんです
解除魔法〜失敗できなくなりました!
よし! じゃあ行きましょう!」
大きなくしゃみを連発する青年を尻目に
全身に薬草水をスプレーしてから
スフィンクスのいる広間へ向けて歩き出すナイラ
道中に以前から気になっていたことを聞いてみた
「ところで私はナイラっていうんですけど
あなたのお名前は教えてもらえますか?
それとも内緒?
クラスによっては名前を秘密にしてる
方もいるのは知ってるので
無理にとは聞かないんですけど……」
「いやクラスというか
ああ……いや
そうだな……良いだろ
教えておく
俺はトヤだ」
「トヤさん
呼びやすいお名前ですね」
トヤの名前の由来を聞いたり
この迷宮で商売している料理人の情報を
交換したりしている内に
目当ての広場にたどり着いた
それはナイラが言った通り
今もガアガアグルグルと
獣の鳴き声を上げており
トヤが言った
温厚な知性派の面影は
無いに等しかった
ナイラは広場の隅に
予知夢テントを手早く広げると
その中に
負っていた荷物を入れて
身軽になった
「なるほど
そのテントは基地になるのか」
「はい
自分の荷物を他の人に
持っていかれたくない時に便利なんですよ
それに何と言っても
このテントの中で眠ってから夢の中で
畳まずに広げたままで出発すると
取り返しのつかない出来事を
悪夢として予知できるんです」
「便利じゃないか
こんな場所では必需品だな
それでまさか
今から
ここで眠るつもりじゃ
ないだろうな?」
俺を待たせて
と少しばかり嫌そうにされたので
ナイラは慌てて首を振った
両手の平を顔の高さまで持ち上げて
彼の方へ向ける
「とんでもない
それに予知夢は同じ場所では一度しか
見られないんですよ
私ここでも一回見ちゃってますから」
「それで死にそうになったら
助けてやった方がいいのか?」
「また不吉なこと言って
少なくてもスフィンクスが
相手の間は大丈夫ですよ
逃げるコツはつかんだんです」
軽く屈伸をしてから両手を握りしめたナイラ
それじゃ行ってくると告げて
笑顔で片手を上げた
「我が手に集え
祈りを重ねよ!」
そう言って
スフィンクスの守護エリアに
足を踏み入れる
真っ赤に光る双眸が
グルリと回ってナイラを捉えた




