16.七階 〜究極の選択を迫られても通る道は変わらない〜
「? おう……」
「けどせっかくなので
物色だけはしておきましょう」
「すんのか」
目元を水平にしたヤムからの
ツッコミをものともせず
ナイラは先ほどの引き出しへと
ヤムを手招きした
「私まだ道具の種類に詳しくなくて
ヤムさんなら分かるかと思って
ちょうど良かったです
これなんですけど──
魔法道具ですよね?」
「ああ
これは商人レベル七になるまで
扱えない道具だ
分からなくても無理ないな
エリクサの素だ」
ぴくっとナイラの動きが止まる
目元に影が差して
ヤムからはその表情が見えなくなった
「く……っ」
右手をこぶしに握って
頭を少しだけ俯けた
「ははーん」
ぴんときたヤムである
彼はニヤニヤしながら
その引き出しから
発光するオパールを取り出し
ナイラの左手に持たせる
そして言うのだ
「欲しいんだろ?
もらっちゃえよ」
「きぃっ!」
握ったままの右手で
ヤムの頬に一撃入れるナイラ
ヤムは
ぎゃははと笑って
その軽い一発を
堂々と受けた
ナイラは左手に握らされた
エリクサの素を
元の引き出しに入れると
それを押し込んだ
するとどうしたことか
連動しているようで
今度は他の引き出しが
開いてしまう
「!?」
「だーはっはっは!」
「うっさい笑うな!」
「なんだなんだ
楽しそうだと思ったら
お前かナイラ
もうひとりは……知らん顔だな」
闇が集まってできた空間から
やってきたのはトヤだ
トヤもそこそこ背のあるほうだが
大柄なヤムの前に立つと
少し体格が乏しく見える
ヤムは首を左右に振った
「いや?
おれはおまえのこと覚えてるぜ
いつだったかナイラと別れた後の
おまえとすれ違ってる」
「そんなものよく覚えてるな
俺には何のことやらさっぱりだ」
「まあ良いさ
おまえ見物に来たんだろ?
ナイラをそそのかすの手伝えよ
せっかくモンスターどもから
持ち出し許可が出てるのに
何も持ち出さないつもりなんだぜ
不甲斐なさすぎだ
師匠として商人の神様に合わす顔がないっての」
「やめてください」
両目をまったいらにして
ヤムにツッコミを入れるナイラ
トヤは少々不満げな面持ちで
腕を組み告げた
「なんだナイラお前
俺から品物をもらう話をしてた時
あんなに乗り気だったのに
俺が
『この迷宮内にあるものなら
何でも良い』
と言ってたのは
ここにあるものを渡すつもり
だったんだぞ」
「ええショック!
トヤさんもここの品物
持ち出し許可もらってるんですか!
やめてくださいよ
バッティングは美味しくないです!」
「お前……」
冷静な表情を作りつつも
不機嫌は隠しきれずに
トヤはこめかみをやや引きつらせる
そしてナイラの両頬をつまむと
ゆるく左右に引っ張った
「持ち出さないと言ってなかったか?
バッティングを気にするとは
どういう了見だ
それに道具を何でも授けるって話は
俺のほうが先だったはずだ
勝手に決断を引き延ばしていたくせに
それでやめろとは何事だ」
「ふみまへんれひた」
頬を引っ張られたまま
ナイラはトヤに謝った
謝罪の言葉を聞くと
トヤはすぐに手を離す
その一部始終を見ていたヤムは
感心したように言った
「おまえら仲良いんだな」
「めったに会わないんですけどね」
「こいつは暇つぶしに
ちょうどいいんだ」
「暇つぶしにしないでください!」
ナイラは言いながら
どんっ!
と両手のひらでトヤを突き飛ばした。
彼が数歩よろめくのを見ると
両手を腰に当てて胸を張る
「なるほど面白い」
「だろ」
「面白がらないでください!」
細い肩をいからせてナイラは
二人にそう言った。
* * *
貯蔵庫にたむろして
茶を飲み交わす三人
話題はナイラの今後についてだ
「本当に持っていかないのか?
俺からの礼品はどうする」
「それはいただきたいです
私の権利ですもん」
「でもよナイラ
ここの品も権利はあるんだろ?
権利のないおれは自力では
ここまでたどり着けないんだぜ
おまえも商人の端くれなら
もったいないことするな」
「商人であり
また探索者であり
治癒術師です──
共通しているのは
人間であるということ
私
魔物と同じには
なりたくないんです」
ナイラは普段は垂れ気味な目元を
きりっと吊り上げて
一言一言を噛んで含めるように言った
ヤムは肩をすくめた
理解に苦しむと言いたげに
「おいおいナイラ?
ここの品を持ち出したくらいじゃ
誰もおまえがモンスターだなんて
思ったりしないだろ」
ナイラは泣きそうな顔をして
首を左右に振った
「思うんです彼らはみんな
私のことを自分たちの仲間だと
私がドロップアウトだと思えるって
ここの鍵をくれたフクロウさんが
言いました」
じわりと涙ぐんだナイラのそばで
トヤが不機嫌そうに言う
「何がそんなに嫌なんだ
結構なことだろう
リボーンは決して悪ではない
むしろお前が同行していた連中のほうが
よほど酷かったじゃないか
良い機会だ
正式にこちら側へ来い」
「トヤさん……」
トヤは右手のひらを上にして差し出してきた
寂しさとも悲しさとも取れる面持ちで
ナイラは呟くような声量で言った
「探索者ではないにしろ
トヤさんは人間なのかなと
思い始めてました
魔物にしては心やすい感じだから
迷宮の上層から
かなり下層まで行き来できる人
もちろん地上へも戻れて──」
とぼとぼした足取りでトヤのそばまで歩み寄る
ナイラは鼻声で聞いた




