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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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10/40

9.五階 〜謎解きへの機は満ちて〜

それは謎の手がかりだった


「──『めぐりめぐる円の中

 人には始まりを知らせ

 鳥には終わりを告げる』」


「え?

 あ

 わ

 お待ちください

 メモメモ!」


ナイラは結局二回繰り返してもらって

ようやくメモを取れた


それからは

女子トークとなったが

白虎は正直なところ

会話のキャッチボールが

しづらい相手であった


「白虎様の毛並み

 すごくお綺麗ですよね

 どんなお手入れしてるんですか?」


「舐めてるの」


「白虎様って酸っぱいものの他には

 何かお好きなものあるんですか?」


「昼寝……とか」


しかしナイラはくじけない

こぼれ落ちそうになる言葉を

拾い上げて何とか話を続けようとする


「あれ

 そしたら普段は夜行性なんです?

 起こしちゃって申し訳ない」


「ううん

 夜は夜で寝てる……

 でも昼寝も好き」


「あ〜

 言われてみれば

 私も地上では結構

 昼寝してたかも

 ひなたぼっこ兼ねて

 気持ちいいんですよねあれ

 ……って

 ここじゃできないか

 ひなたぼっこしたことあります?

 ここにくる前はどんなところにいたんですか」


「そうね……ここに来る前は

 ひなたぼっこもしたことあるわ

 ……生まれ故郷にいたの

 岩山よ」


だいぶ会話になってきたと思って

ナイラは嬉しかった

相槌を打ちながら

次は何を聞こうかと

頭を回転させていく


しかしそんな

ぎこちないやり取りの終わりは

突然やってきた


白虎がしたのは

それはそれは大きな

あくびだった


「ふああぁ……

 眠くなってきたわ」


そんなにつまらない話に

付き合わせてしまったかと

内心でショックだったナイラは

白虎の続きの言葉に安堵した


「何か食べると

 必ず眠くなるのよね

 そちらもそろそろ

 出立の刻限ではないかしら」


「白虎様

 眠くなるの分かってて

 私の献上品

 食べてくださったんですか」


「もちろん

 可愛らしい手で

 可愛らしいものを差し出されて

 断ったりできないわ」


また大きなあくびをひとつ


何だか上半身を丸飲みされそうな

大口を見てナイラはどきどきする

胸を押さえた


「さあ

 もうお行きなさい

 話し相手になってくれてありがとう

 久方ぶりに楽しかったわ」


「はい

 こちらこそ

 ありがとうございました」


辞儀ひとつ落として

その場を立ち去ったナイラだ


その後

まるで大地震の前触れの地響きのように

ごごご……という音と振動が

白虎のいる西側エリアに

響き渡っていたりした


 * * *


四神の最後は

北を守っている玄武だ


北へ向かうと迷宮の中なのに

ちょっと小ぶりな丘があった


それを登って降って

北の端までたどり着いたのだが

誰の姿も見えない


麒麟からは玄武の姿は

とりあえず亀だと聞いている


だが亀どころか

甲羅も見当たらない


出かけているのだろうかと

北エリアで待つことにした


丘のてっぺんでキューブをふくらませて

座った足をぶらぶらとさせる


何もすることがなくて

茶が入っている水筒を傾けた


懐中時計の長針が半周するまで

そのまま待ってみたのだが

動くものの訪れはない


退屈で退屈で

ナイラは四神たちの気持ちが

ほんの少しだけ

分かったような気がした


誰か話し相手が欲しかった

今は誰もいない

この目の前に


「あーあ

 玄武様

 何やってんだろ

 早く帰ってくれば良いのにっ」


立ち上がってぼやく

その手から水筒が転がり落ちた

フタも開いたままだ


慌てて拾いに行くが

丘の上なので

ふもとまで転がり落ちてしまう


「あ〜もう」


「無礼者!」


拾い上げた水筒のフタを閉めていると

どこからか年嵩の女性の怒り声が聞こえてきた


ナイラはきょろきょろと辺りを見回すが

声の主は姿を見せない

──と思ったが

違った


声の主は

丘そのものだったのだ


すぐ隣にある丘が

徐々にせり上がっていく

やがてそれは四本の足と蛇の尾を持つ

巨大な亀の姿をとった


「──!!!!」


すぐには言葉も発せないナイラである


驚きに見開いた目に映る

甲羅が水平に動き亀の頭部が

──玄武の眼がナイラへと向けられた


真っ黒い甲羅に

黒っぽい藍色の頭と足と尻尾

北というよりは

夜といった感じだ


全てを見透かされそうな

漆黒の瞳に映し出されたナイラは

無礼者扱いされたこともあり

すっかり萎縮してしまっていた


「踏んでしまって申し訳ありません……!」


「そこではない」


「え? じゃあ水筒をぶつけたこと」


「それも遠因ではあるが」


「分かった、お茶をこぼしたこと!」


「そうよ!

 なぜ真水にせんかった!

 不心得者め!!」


えええ?? 真水なら良かったの?

と首を傾げて玄武を見つめるナイラ


怒り心頭の玄武は右前足で

激しく床を踏みしめて

大地震のような振動を起こした


ナイラはまともに立っていられず

尻餅をつく


すると前に投げ出した足を片方

蛇の尾に巻き取られ

引っ張られて

玄武の元へ身体を引き寄せられる


「お待ちください玄武様!

 非礼は幾重にも重ねてお詫びしますから

 どうか命ばかりは──!」


腹の下に引き込まれて

さすがに慌てたナイラは

必死になって言い募るが

玄武は答えない


冗談ではない

あの巨体が落ちてきたら

確実に即死だ


尾が解けた

自由になったナイラは

まだ続く大振動に負けじと

四つん這いになって

玄武の腹の下から抜け出そうとする


だが亀の足が踏ん張るのをやめて

玄武の身体が自然落下を始めた


急速に迫り来る丸い甲羅

見る間に狭まっていく視界

確実に間に合わない距離感

恐怖

恐怖


「きゃあぁぁぁ!!」


「──トウファ!」


甲羅が背に当たった感触が

ナップザック越しに感じられた

ちょうどその時

聞こえてきたその声はトヤのもの


それを聞いた玄武は足を再び突き出して

自身の荷重を支えた


振動が止んでいる


ナイラは今のうちにと

玄武の腹の下から抜け出した


左右に視線をやれば

玄武の顔のそばに

トヤが立っているのが

見て取れた


「聞き分けが良くて何よりだ」


「分はわきまえておりますゆえ

 しかし──この娘は何者で?」


「何

 借りがあるのでな」


「それだけにございますか?」


「何が言いたい?」


「いえ

 差し出がましいことを申しました」


「よい

 ──ともあれ

 この娘に悪意などはなかったことであろうし

 よく話を聞いてやれ」


「トヤさんありがとうございます

 玄武様申し訳ありません

 先ほどのは無知と偶然の重なった事故です

 真水をご所望なんて知らなかったんです」


玄武は呆れたように溜息をついてから

その場に座り直した


今度は丘には見えない

玄武の顔は

こちらに向いたままだからだ


「白虎から聞いておらなんだか」


「水のことなんて一言も

 もっと言えば玄武様のことはひとつも」


「あのうっかり者め

 なんとならばしようもないな

 うぬに非はない

 謝らずともよい

 代わりに白虎を絞っておくでな」


そう聞くとナイラは

ほっと一安心の吐息を漏らして

玄武に返した


「ありがとうございます

 でも白虎様にも

 そんなに落ち度はなかったと思います

 ちょっと世間話に

 花を咲かせすぎちゃっただけで……

 あんまり怒らないであげてください」


「ふむ

 うぬが言うなら

 此度は水に流そう」


「ありがとうございます!」


ナイラはほっと胸を撫で下ろす


それを見たトヤは

不可解だとでも言いたげに

肩を持ち上げていたが

玄武は優しげに両の目を細めた


さて

と玄武が切り出す


「うぬの望みは

 謎の手がかりであるの」


「はい

 教えていただけますか?」


「良かろう

 控えるが良い

 ──『四つめのそれは

 凍える水面からすべてを閉ざす』」


「……ん?」


ナイラは首を傾げた


ひとつ玄武のヒントだけ

麒麟の謎や

他の四神のヒントと比べて

意味が通じない


彼女が困っていると

玄武も同じように首を傾げた


「いかがした」


「何だかちょっと……

 方向性が

 他の方位神様方と違うなって」


「違う?

 ちなみに麒麟兄からは何と言われた」


ナイラはメモを読み上げた


すると決まり悪そうに玄武が俯く


「すまぬ……わたくしの間違いだ

 今から言う言葉を書き直せ

 良いな?」


「は

 ──はい

 どうぞ」


「『子の間は長く豊かに流れ

  老いと共に流れ早くなるもの』」


「……ああ!

 それなら意味も通じます!」


「そうであろう

 手間をかけたな許せ」


「いえ

 もったいないお言葉です

 訂正いただきありがとうございました」


あのまま間違えたヒントを採用していたら

意味不明な答えを麒麟に告げていたかもしれない


そう考えれば事前に訂正してもらえただけで御の字だ


そこまで考えて忘れていたものを思い出し

ナイラはナップザックからひと束の葉を取り出した


そのうち傷薬に使うつもりで持ってきていた薬草だ


売り子に追加料金を払って

保存の魔法をかけてもらったので

まだみずみずしい


「どうぞお納めください

 玄武様は苦味のあるものが

 お好きだと伺ったので──

 これ

 私の所持品の中で一番苦めのものです」


「ほう

 イタドリか

 早速いただこう」


「どうぞ」


ナイラがそっと差し出した薬草を

玄武は嬉しげにくわえ

もぐもぐと咀嚼した


「うむうむ

 美味いのう」


「お気に召したなら

 ようございました

 ──では私はこの辺で」


「待て待て

 対価を得てから行くが良い」


「えっ」


両目をきらきらさせて

ナイラが動きを止めた


と笑いを堪える気配が

トヤのほうから伝わってくる


と彼に向けて舌を出してから

玄武へずぃっと近寄る


そして大層嬉しそうなトーンで言った


「何かいただけるんですか〜」


「い いや

 そんな大層なものではないが……」


困った風情で首を横向けた玄武だ


どこからか取り出した風呂敷き包みを

尾の蛇がくわえて差し出してくるのを

自分の口に受け渡してから

ナイラの爪先付近に置いて広げる


「探索者からわたくしにと捧げられたものの中に

 わたくしには要らぬものがいくつもあるのだ

 ──もしうぬに入用なものがあれば

 持っていくが良い」


「はあ

 ありがたきしあわせ……」


どれどれ

とナイラが不用品の山を見つめる


ひどい


地上の武器屋で無料で手に入る

『さびた剣』


使いすぎて底が抜けてる調理器具

『焦げた鍋』


使いものにならないテント張りの道具

『折れたペグ二本』


探索者たちはケチっていたのだろうか

渡すほうが失礼に当たりそうな

ガラクタの(たぐい)を見ていると

ナイラは何だかどんよりしてくるのだった


──が

ひとつ

気になる品があった


折れているペグだが

魔力を帯びているのが感じられる


もしやと思い

ひとつ持ち上げてみると

残ったひとつが床の上から転移して

ペグの片割れを持った手のひらの上へ現れた


「転送ペグ!

 玄武様

 私これが良いです!」


「そうか

 わたくしにはガラクタに見えるが

 うぬにとって価値があるなら持っていくが良い」


「ありがとうございます!」


ナイラが長らく欲しかったものを

やっと手に入れたことで

喜びに打ち震えていると

トヤが不満げな顔で呟いてきた


「なかなか礼ができないな」


「ふふ

 さっき口添えしてもらって

 すごく助かりましたけど?

 それはノーカウントってことで

 良いんですか?」


「なんのあの程度」


「そしたらまだお楽しみは

 継続中ってことですね

 ふふふ

 何をもらおうかな」


「忘れるなよ

 『この迷宮内にあるもの』

 だけだからな」


「はぁい」


ナイラは玄武に礼と別れを告げると

トヤとともに麒麟の元へ向かった


「そう言えばトヤさん

 すごいタイミングで来てくれましたけど

 玄武様には何のご用事だったんですか?

 私と一緒に来ちゃって大丈夫でした?」


「──いや……ちょっと

 なんだ

 玄武に用事ではなく

 ……別件のついでだ」


「そうなんですね

 会えて良かったぁ」


平静を装ったトヤの表情から

様々なものを読み取るには

まだナイラは

人生経験が不足していた


彼女は彼に

一番来たかったのはこの階であること

麒麟の出す謎の答えに

すぐ気付いてしまったこと

方位神たちには

よくしてもらったことなどを

身振り手振りまじえて伝えていった


「方位神?

 ──ああ

 あいつらは四神と言うんだ

 好みの食い物を貢いだのは

 良い手だったな

 全然反応が変わるだろ」


「それも良かったですけど

 みなさま話し相手に飢えてらして

 おしゃべりしてたら

 ごきげんでしたよ」


「はは

 それはお前の人徳だな

 俺はやつらに話し相手になれと

 言われたことなどないぞ」


「さてはいつもの調子で

 偉そうに踏ん反り返ってたんでしょ

 獣とはいえ神様相手に

 失礼があってはいけませんよ」


「は

 礼節など要るか」


「トヤさん!

 良くな──」


「良い良いナイラよ

 その者はそれでな」


「麒麟様……」


麒麟はトヤをじっと見つめた後

その真っ直ぐな瞳の向く先を

ナイラヘ移した


「さて

 手がかりを集めてこれたかの」


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― 新着の感想 ―
四神、玄武が登場して全部出揃いましたね。ピンチかと思いましたが、トヤさんが駆けつけて来てくれて良かったです。ナイスタイミングですね。 白虎とのトークも面白かったです。最後に寝てしまったのは意外でした…
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