質問と疑惑
私が告げた“おじさん”という言葉にヴォルティスさんだけではなく、お義父さんとお義母さんも不思議そうに首を傾げる。
「おじさん?」
「…はい。私、夜はおじさんに会いに公園に行ってました」
「すまないが、もう少し詳しく話せるだろうか?」
そう尋ねるにヴォルティスさんにコクリと頷く。
「名前はわからない…?ううん、聞いたことがないかもしれない……でも、私はその人の事“おじさん”と呼んでました。
おじさんは仕事もしてたしいつも公園にいるわけじゃないから、天気のいい夜の間だけ会いに行っていたんです。
おじさんはいつも豆知識みたいなことを沢山教えてくれたり、あと私と一緒に遊んでくれたりしていました。
灰汁や灰の事も、クレープの事もおじさんから聞いたことです」
「アレンはどうして、そのおじさんに会いに行ってたの?」
「あのね、それは私が初めて逃げた先に偶然おじさんがいて、それから毎回会いに…、あれ?」
“逃げてた?”
“何から?”
おじさんに会ってたことは思い出せるのに、おじさんのところに向かう前にあったことが思い出せない。
ううん。おじさんと分かれた先の事も、全く思い出せなかった。
それは自分の名前が思い出せない、いや、わからなかったときと同じだった。
ポッカりと空いたような、虫食いだらけの記憶。
痛くないはずの頭を思わず抱えた私の背に、大きな温かい手が添えられる。
「ごめんなさい…何から“逃げた”のかわからない…」
「無理に思い出す必要はないんだ」
「そうよ、大丈夫だから」
ちらりとお義母さんの顔を伺うと、私を安心させるように笑っているように見えたが、でも少しだけ辛そうにみえた。
「これだけは教えてほしい。
そのおじさんというのはアレンに対し危害を加えるような者ではなかった、ということか?」
「はい!」
ヴォルティスさんの言葉に強く肯定する私をみて、お義父さんが口を開く。
「ヴォルティスさん、アレンのいうおじさんを見つけることは出来るだろうか?」
その問いにヴォルティスさんは考る仕草をしたあと、お義父さんに向き直る。
「すまないが、かなり難しいと思う。この町の警備は私の管轄であるが、公園にいる、しかも夜もその場にとどまっている人間の報告は受けていない。
定期的に行われている騎士団会議の場でも、報告は受けていない以上それは他の町も同じだろう。
念のためこの町に限らず村にも通達はするが…、期待しないほうがいい」
ヴォルティスさんの言葉に、そうですかとお義父さんが肩を落として呟いた。
「では次に、思い出したくないだろうが…森でのことだ。追いかけられていた魔物の特徴を教えてくれるだろうか?」
「は、…はい」
やっぱり聞かれるよね、しょうがないよね、とわかっていながらも思い出したくない気持ちは嘘をつけず、肩を落として落胆する。
「ちゃんと見たのは最初の一目だけですし、あっちも警戒していたのか、かなり離れていたので細かいところはまではわからないんですが…。
私を追いかけてきた魔物は、人の様な…背格好をしていたと思います。
あと、毛で覆われていて、…目元や口元も腐ったように垂れ下がっていた…気がします」
思い出して体がぶるりと震えると、握られたままの手に力を込められる。
(ヴォルティスさんずっと握ってくれてる)
大きな手に包まれてることを改めて認識すると、とても安心できた。
「特徴だけだと"グール”に似た外見のようだな」
「グール?」
「人の肉を食べる魔物よ。でもヴォルティス様、人肉を食べる魔物が森の奥にいるのでしょうか?」
「普通に考えていないだろう。
だが考えられる可能性として、“純粋な人肉以外も食べる”なら“リベトアツ国がアレンの居た場所から近い可能性”、または“別の魔物である可能性”だ。
騎士団として恥ずかしいことだが、…森を突っ切れるほど我々はまだ森を開拓できていない。
リベトアツ国と貿易をしているとはいえ、森を迂回するという、かなり遠回りなルートを使っている。
だから森がどれほどの深さがあるのかまだわかっていないのだ。
そしてリベトアツ国が我々のように森を整備、開拓していないのであれば、浅い場所でも草木に覆われていても不思議ではない」
ヴォルティスさんの考えを聞いてふと疑問に思った。
だって確か
「リベトアツ国って獣人の国ですよね?私人間ですよ」
「それだ、問題は。いくらアレンを森に置き去りにしたとはいえ、森に入るのは獣人であろうとも危険な行為に変わりない。
何故そんな危険を冒してまで、森の深くまで行く必要があったのか…」
「なら私が森でリベトアツ国の方向側に走ってしまっていたことは考えられませんか?」
「それも難しい。人間側の森についてはある程度は整備されてきている。
森を整備しないと闇の空間が増え、近くにまで魔物を寄り付かせることになるからな。
アレンの話からすると目が覚めたときには、膝程の草が生えていて、更に陽が差し込まなく薄暗いということは、整備されていないような奥深い森ということだ」
「そう、なんですか…」
「この件に関して調査は進めるが、…すまない、アレン…」
ヴォルティスさんが握っていない側の手で、私の頬をするりを撫でる。
結局おじさんの事も、魔物の事も、私の居た場所の特定も出来なかったから、申し訳なく思ったのだろうか。
でも、私がもう少し詳細に伝えられていれば、もっと違っていたと思う。
それよりヴォルティスさんに頭じゃなくて頬に手を添えられるだなんて、しかも手を握りながら。
これって、だいぶ恥ずかしい気持ちになるよ。
「あ、あの…私はもう家族がいるので、大丈夫ですよ」
私を捨てたのが本当の両親であったとしても、今の私のお義母さんはサリーナさんで、お義父さんはインディングさんだ。
レインもお客さんもみんないい人で、町のお店の人もみんな優しく接してくれる。
それに魔物が出ても、騎士の方達もいるし、第一この町は壁で守られている。
不安になることなんてなにもない。
前の席にいる2人の目元に光るものを見ながら、私はヴォルティスさんに質問した。
「…あの、そのグールって魔物はこの町の近くにもいるんですか?」
「いや、この町の近くでは見かけていないから安心していい」
「はい」
ヴォルティスさんの答えに私は心から安堵した。
あの魔物は思い出すだけでもとても怖かったから。
魔物の話はここで終わり、私は別の質問を受けた。
「知らない間に森の外にいたとアレンは言ったが、歩いてきたのだろうか?それも、やはり覚えてないか?」
「はい…、でも滑り落ちた後は私、体中痛くて動かせませんでした。
声を出そうとしても肋に激痛が走るぐらい…なので自力で歩いてはないと思います。
それに森を抜けだす道を私は知らないので、意識がない状態だったとしても、かなり無理があるかと…」
「…そうなんだよな…」
「ヴォルティスさん?」
私の言葉に眉をひそめながら考え込むヴォルティスさんを、下から覗き込むようにすると目が合った。
「不思議なんだ。アレンを森に捨て、一人になったアレンが魔物に襲われたことまでは、誰がどのような手段を用いたのかを除いて考えると、疑問はない。
しかし、途中著しく傷ついたアレンは身動きが取れなかった。
治癒力をあげるための魔力を渡すことも、アレン一人ではできない。
そして傷は薬での対処が一般的ですぐに治ることはないし、すぐに治すことができる完璧な治癒魔法は王族にしか受け継がれない。
その王族も、王位や経済を担うほどの者は魔力が大きいものが多いが、他の貴族に臣籍降下した王族や教会に身を置いている王族は、一人で魔物に立ち向かうことが出来るほどの腕の持ち主はいないんだ。
だから誰がアレンの傷を治し、そして深い森の中からどのようにしてアレンを助けたのか、助けたのなら何故名乗り出ることなく再びアレンを一人にさせたのか………わからないことだらけだ」
確かにそうだ。
あの時は森から出ることが出来て、魔物からも逃げることが出来た私は、治った傷に対してよかったくらいの気持ちしか持ってなかった。
でも今更ながらに考えると、誰が私を治して助けてくれたんだろうか。
疑問に思うことが増えてしまった。




