きっかけ
「あ、そういえば…」
「?どうした?」
「その…走ってた時は薄暗かったんですけど、落ちた時にいた場所はなんだか……明るかった?気がします」
「暗かった森が明るかった?」
「はい。あと…その時何か…白いなにか……」
「白い何か?」
あの時凄く暖かくて、辛かった気持ちがどこかいったんだ。
首を捻り、あの時の事を必死で思い出す。
「ウサギ!」
そして私が告げた言葉に、お義父さんとお義母さんは首を捻る。
ヴォルティスさんは渋い顔をしていた。
「ウサギだよ?白いふわふわした毛で、耳は……長くなかったけど、私の傷をぺろぺろずっと舐めててくれてたの」
大きさも確かこれくらいだった気がする、と実際に両手で大きさを二人に示す。
「“うさぎ”って知ってる?」
「いや、俺は知らない。ヴォルティスさんは知っていますか?」
それでも知らなかった二人はウサギの存在を互いに確認した後、ヴォルティスさんにも尋ねていた。
「……おそらく、魔物の一種かもしれない。騎士団に戻ったら調べよう」
「魔物?ウサギが?」
だって凄くかわいくて、倒れていた私の事を襲ったりしないで、寧ろ心配してくれてのに?
あのウサギが魔物だということが、どうにも信じられなかった。
「魔物にも色々種類はあるんだ。…それより話はこれで終わりにしよう。
ありがとう、アレンのお陰で有益な情報を得ることができた」
「いえ、私はそんな…」
「いや、未開拓の場所に足を踏み入れる際、事前に情報があるのとないのでは全く違う。
アレンの見た魔物がグールなら、魔法では倒せないし、アレンが滑り落ちたという事は高低差がある場所が存在するということ。これは足が強い馬でないと厳しいだろう。
十分すぎる情報だ。ありがとうアレン」
私の少ない情報でこんなに感謝されるとは思わなくて、なんだかむず痒い気持ちになる。
「いえ、そういっていただけて嬉しいです。私の方こそありがとうございます」
へらりと笑うと、ヴォルティスさんも微笑んでくれて私の頭に手を伸ばす。
鎧姿の時はぎこちなかったけれども、今は優しい手つきで心地よかった。
「インディング…私どうしたら…」
「複雑だな…」
お義父さん?…何が複雑なんだろう。
首を傾げながら2人を見ていると、苦笑された。
「アレン、俺は五日後が休日なんだが、その日に招いてもいいだろうか?」
ヴォルティスさんの言葉に、私は首を振る。
昨日二人の好意で休ませてもらったが、本来の店休日は明後日の二日後なのだ。
「ごめんなさい。私その日は…」
断ろうとする私の言葉に被せ、お義母さんが承諾する。
「五日後で問題ないですわ。ヴォルティス様」
「え、ちょ、お義母さん?」
「確かにアレンが手伝ってくれて俺たちは助かってるが、だからと言って毎日手伝わせてアレンから自由を奪うのも違うと思ってるんだ」
「そうよ。まだ成人していないんだし、アレンは記憶がないでしょ?
だからいろんなところ見たり聞いたりして、自分がなにをしたいか。アレンが好きなことを私たちは見つけてほしいと思ってるのよ」
2人の表情で怒られているわけではないことはわかるけど、なんとなく居づらく思い俯いてしまう。
声も小さくなってしまった。
「…私この店嫌いじゃないよ?好きだから手伝ってるんだよ?
それに町なら昨日レインに案内してもらったし」
独り言のように呟いた私の言葉を拾ったお義父さんはハハと明るく笑う。
「嬉しいこといってくれるな、アレンは」
反対にお義母さんはなにか言い足りないような表情だ。
「レインとみたといっても、少しだけじゃない。
それに騎士団長であるヴォルティス様より、融通が利くアレンが都合を合わせなさい。
ヴォルティス様、五日後お待ちしておりますわ。出来れば開店前に来ていただけると助かります」
「わかった。なるべく早くこよう」
気を落としてしまっている私を気にしてくれたのだろう、ヴォルティスさんが優しく頭を撫でてくれた。
「アレン。君の両親は、アレンの事を想って早く大人になろうとする自分の子に、色々な選択肢を見つけてほしいだけなんだ。
怒っているわけでも、追い出そうとしているわけでもない」
「…はい」
わかっている。最初から暖かく迎え入れてくれる2人が、私を思ってくれていることは。
でもあの日、2人の役に立ちたいって思った私は、どうすればいいのかわからなくなる。
「…アレン、今日は親子3人で寝てみる?
二人用のベッドだからちょっと狭いと思うけど」
お義母さんの提案に、自分がどうすればいいのかわからなくなってしまった私は「うん」と頷いた。
そんな私の様子をみて、ヴォルティスさんが私の頬に手を添えて顔を上げさせる。
「では五日後、迎えにくる。ここで待っててくれ」
「…はい」
「お待ちしておりますわ」
◆
初めてお義父さんとお義母さんの部屋に入った私は部屋の中をきょろきょろとしていた。
お義父さんもお義母さんも私より早く起きて、遅く寝るからだ。
「やだ、そんな珍しいものなんてないわよ」
そういうが、レインの部屋にはなかった化粧台や、お義父さんのレシピ開発だろう本やノートが並ばれたり、部屋の端に積みかさなっている。
「アレン、おいで」
先に布団に入ったお義母さんがベッドの端により、布団をめくって私を呼ぶ。
私が布団に入ると、続いてお義父さんも入ってきた。
「アレンと寝るのは初めてね」
「うん、レインともこうして寝てたの?」
「あの子がアレンよりもうーんと小さかった頃だから、…5歳くらいまでかしらね?時々一緒に寝てたのよ。
でも今はもう寝る事もなくなったわ。それどころか、まだ未成年のくせに親元を離れて騎士を目指して学びに行ってるしね」
笑いながら言ってはいたが、私の目には寂しいのだと言っているように感じた。
そしてヴォルティスさんの言葉が思い出される。
【早く大人になろうとする自分の子に色々な選択肢を見つけてほしいだけ】
レインは小さい頃から騎士を目指してたって聞いた。
このお店を継がない選択に、お義父さんもお義母さんも反対していることは一切言ってはいなかった。
レインが帰ってきた時、お義父さんも10歳の自分の息子の為に、大好きなケーキを作ってた。
騎士を目指して頑張っていても、自分の“子供”として扱ってた。
そしてそれは私にも__
「アレンはなんでレインが騎士になりたいか知ってる?」
「ううん」
「日差しが強い時は比較的に安全なんだけどね、母親としては壁の外にはなるべく出てほしくないのに、あの子昔からヤンチャなところがあってね。
友達と遊んでいる時、壁の外に出てしまって……ここの門番って人によって対応がバラバラで…あの時はノーチェックだったのよ。
でもその代わりに、完全に陽が暮れる前に壁の外を確認するのだけどね。その巡回時に魔物に遭遇したレイン達を助けたのが騎士様ってわけ。
陽が暮れて大泣き状態で帰ってきたあの子が、その次の日から「俺も騎士になってかっこよくなる!」っていってね」
レインのその時の様子を思い出したのか、くすくす笑う。
「親の欲目もあるけど、レインは本当に頑張ってるし、結構いい線いってると思うのよ。
帰ってくるたびに鍛えられているのが分かるし、まぁ戦ってるところを見たことないから、何ともいえないんだけどね。
でも、今騎士を目指して頑張ってるレインも、あの時外に出なかったら、きっと騎士になりたいとは思わなかったんじゃないかしら?って思うのよ」
「……」
「あの時のやんちゃなレインがいたから、今のレインがある。
だから私たちがアレンにお店の事だけじゃなくて、色々見て欲しいのはそういうことなの。決して追い出したいわけでも邪魔なんて思ってないわ。
レインのように、本当にやりたいことを見つけてほしいの。
今は休まずに店の手伝いをしてくれてるけど、でもそれって私たちの為でしょ?
私達はね、アレンの親として、アレンの成長を見守りたい。だから選択を自分で狭めてほしくなんてないの」
「……」
「難しいかしら?私たちの事を優先するんじゃなくて、アレン自身を優先して欲しいって事。
お店の手伝いも、最初はアレンに慣れてもらう為に沢山やってもらったけど、これからは友達でもヴォルティス様とでもいいから、外に遊びに行ったりしてほしいし、アレンの好きなことたくさん見つけてきてもらいたいわ」
勿論恋愛もね、とウインクをする。
「…お義母さん…でも…」
「あら、もしかして、お友達できるか心配?」
不安なことはそれだけじゃないけど、でも何も言わずに頷いた。
お義母さんの気持ちが伝わってきたから。
だから、ただ「役に立ちたい」だなんて言葉は、私の事を真剣に考えてくれた二人に対してあまりにもひどい言葉だと思った。
「アレンは教会の講義に出れてないものね、でも大丈夫よ。アレンならすぐできるわ。だって私達アレンの事大好きだもの。
それにコクリ君もジャン君もアレンが自分で作ったお友達でしょ?」
大丈夫よアレン。そういって額同士をくっつけながら、お義母さんは私をあやす様にずっと撫でてくれた。
(…好きなこと、か)
私は目を閉じてお義母さんの言葉を、二人の寝息を聞きながらずっと考えた。




