第八十八話 春になっても畑が凍っているので、悠真は温室を作ろうとしてガラス職人に怒られた
アルディナ王国北部。
四月。
エリクは土を掘り、指先で触れた。
「表面だけだ。下はまだ凍ってる」
悠真は白い息を吐いた。
「苗を先に育てられれば、短い夏を少しでも使えるんだけど……」
「どうやって?」
「小さな温室を作ろう」
数日後、王都のガラス工房。
「大量のガラス板だと!?」
職人長は図面を叩いた。
「燃料も砂も足りない。家の窓を直す注文だって待たせてるんだぞ」
悠真は頭を下げた。
「すみません。畑のことしか考えていませんでした」
「寒い家に暮らす子供を放って、苗だけ暖めるのか」
その一言は痛かった。
悠真は図面を畳みかけ、手を止めた。
「全部ガラスにする必要はありません。南側の一部だけを明かり取りにして、ほかは厚い壁にする方法を試したいんです」
職人長は腕を組んだ。
「試すなら、まず一棟だ。失敗したら、材料の損失は誰が負う?」
「農業試験の予算から補修費を出します。村にも結果を隠さず伝えます」
「それなら、工房の若い者を一人付ける。ガラスを扱うのは職人の仕事だ」
アルト村で、試験用の小さな温室が建てられた。
北側は土壁。
南側は限られたガラスと油紙。
夜はむしろを掛ける。
寒い日は暖かくならず、風の強い日には紙が破れた。
それでも、晴れた昼には室内の温度が上がった。
「暖かい!」
クリスが歓声を上げる。
「冬でもジャガイモが採れる?」
「まだ分からないよ。まずは苗を早く育てる試験だ」
悠真は温度と土の湿り具合を帳面に記した。
三日後。
「悠真! 苗がしおれてる!」
エリクの声に駆け込むと、晴れた日の熱がこもり、苗の一部が倒れていた。
「寒さから守ろうとして、暑さで枯らしたのか……」
職人長が割れたガラスの破片を拾った。
「換気のために慌てて開けたな。材料はただじゃない」
「補修費は約束どおり試験予算から払います。住宅の窓の修理に使う材料は取りません。それと、朝夕に温度を確認する当番を決めます」
「当番だけじゃ足りん。風で閉まらないよう、窓の留め具も直す」
エリクが帳面を見せた。
「晴れた日だけ急に温度が上がってる。窓を開ける目安を決めよう」
職人長はその数字を眺めた。
「……失敗した記録が、次の図面になるってわけか」
「はい。でも、枯れた苗は戻りません」
悠真は、試験区の隅に残った数本の苗を見つめた。
「次は、成功した数だけじゃなく、失った数も報告します」
その夜、職人長は工房へ戻り、窓の留め具を削り直した。
悠真は枯れた苗を捨てず、帳面に失敗の日付を書いた。
春を早めることはできない。
だが、春を待つあいだに学ぶことはできた。




