第八十六話 パン屋の薪がなくなったので、悠真は王都中の窯を共同で使うことにした
王都アルディア。
中央市場。
「……パンが高い!」
一人の女性が叫んだ。
パン屋の主人は、困った顔をした。
「仕方ないんです!」
「どうして!?」
「薪が高くなったんですよ!」
主人は続けた。
「小麦粉だけじゃありません。窯を暖める薪が、以前の倍近い値段なんです!」
女性は黙った。
「……そんな」
パン屋の主人は、深いため息をついた。
「このままじゃ、店を閉めるしかありません」
数日後。
悠真は、王都のパン屋組合を訪れた。
「……共同で窯を使う?」
組合長が尋ねた。
悠真は頷いた。
「はい」
「どういうことです?」
悠真は説明した。
「今は、各店がそれぞれ窯を暖めていますよね?」
「……そうですが」
「でも、窯を一度暖めるには大量の薪が必要です」
組合長は頷いた。
「……確かに」
悠真は続けた。
「なら、大きな窯を効率よく使って、まとめて焼けないでしょうか」
組合長は考え込んだ。
「……共同窯ですか」
「はい」
悠真は頷いた。
「各店が生地を持ち寄り、時間を決めて焼きます」
「ただし、衛生管理や焼き上がりの違いには注意が必要です」
組合長は腕を組んだ。
「……店ごとの味が違うからな」
悠真は笑った。
「そこは、試験的に始めましょう」
その後、王都の一角で共同製パン施設が整備された。
最初は、問題ばかりだった。
「……うちのパンが焦げた!」
「焼く順番が違うぞ!」
「温度が足りない!」
「誰が薪を補充するんだ!」
悠真は、頭を抱えた。
最初の試験日、パン屋たちは険しい顔で並んだ。
「うちの客の分まで、隣の店に焼かせるのか?」
「燃料代は誰が持つ!」
悠真は言い争いを止めなかった。
最後まで聞いてから、窯の使用時間と薪の負担を紙に書き出した。
「店の名前は残します。生地は各店で作り、焼く時間だけ交代にしましょう」
年配のパン職人が腕を組んだ。
「焼き加減は、窯ごとに違うぞ」
「最初の三日は試験運用にします。焦げた分は共同負担で」
試験運用の三日目、パンの焼き色はまだ不ぞろいだった。
それでも、朝の市場には久しぶりに香ばしい匂いが戻った。
「完璧じゃないな」
エリクが言うと、悠真は笑った。
「でも、明日も焼ける」
「……難しいな」
エリクが笑った。
「畑より大変そうだ」
「……本当だよ」
だが、組合の職人たちは諦めなかった。
窯の温度を記録する。
パンの種類ごとに焼く時間を分ける。
薪の投入量を調整する。
担当者を決める。
試験運用を終えても、順番を待っていた小さなパン屋が怒鳴った。
「大きな店ばかり先に焼いて、うちの生地は駄目になる!」
組合長は言い返しかけたが、悠真が止めた。
窯を共同にしても、使う権利まで平等になったわけではない。
職人たちは店の規模に応じて時間枠を分け、遅れた場合の補償と、温度を下げない交代手順を決めた。
薪の節約は、誰か一軒の犠牲では続かない。
試験の三日目、最も小さな店の主人が組合長へ詰め寄った。
「うちは最後の時間ばかりだ。客が朝に買えないパンを、どう売れと言うんだ」
大店の主人は反論した。
「先に焼かなければ、うちの注文も間に合わん」
悠真は口を挟まず、二人の売上帳を並べた。
焼く順番によって失う売上は、同じではなかった。
結局、早朝枠は週ごとに交代し、売上の減る店には共同費から一部を補うことになった。
「薪が節約できても、店が潰れたら失敗です」
組合長は苦い顔で頷いた。
節約した薪の量だけで、成功は測れなかった。
数週間後。
「……できた!」
組合長が叫んだ。
焼き上がったパンが、次々と並んだ。
外側は香ばしく、中は柔らかい。
悠真は一口食べた。
「……おいしい!」
組合長は笑った。
「当然です!」
そして、誇らしげに続けた。
「薪の消費も減りましたぞ!」
悠真は頷いた。
「よかった」
こうして、王都では共同窯が広がり始めた。
だが、その成功を見たアコギ・ヴァレンは、別のことを考えていた。
「……待てよ」
彼は、帳簿を見つめた。
「窯を共同で使えるなら……」
そして、「保存食の加工場も、共同化できるのではないか?」
商人アコギは、再び大きな商売を思いついていた。




