第八十五話 寒さをしのぐために森の木を切りすぎたら、春になって山が崩れ始めた
アルディナ王国北部。
ノルド地方。
「……木がない」
悠真は、山を見上げた。
以前は森だった斜面。
そこには、切り株ばかりが並んでいた。
村長が頭を下げた。
「……申し訳ありません」
悠真は首を振った。
「謝らないでください」
村長は続けた。
「寒さが厳しくて、薪が足りなかったんです」
「……分かっています」
悠真は、切り株を見つめた。
村人たちは、生き延びるために木を切った。
それ自体を責めることはできない。
だが、問題はその先にあった。
「……雨が降ったら危ないですね」
エリクが尋ねた。
「どうして?」
悠真は斜面を指さした。
「木の根が減ると、土が流れやすくなる」
「……なるほど」
「特に、急な斜面では土砂崩れの危険が高くなるんだ」
そのとき。
遠くで、大きな音がした。
――ゴゴゴゴッ!
村人たちが振り返った。
「……何だ!?」
山の一角から、土と石が崩れ落ちていた。
「……土砂崩れだ!」
誰かが叫んだ。
悠真は、息を呑んだ。
幸い、人家から離れた場所だった。
だが、山道の一部が埋まってしまった。
エリクが呟いた。
「……薪を集めたせいで、道がなくなったのか」
悠真は、静かに頷いた。
「全部が伐採のせいとは限らないけど、危険を増やした可能性はある」
数日後。
村の集会所。
「……木を切るなと言われても!」
一人の村人が叫んだ。
「薪がなければ凍え死ぬぞ!」
悠真は頷いた。
「その通りです」
村人は驚いた。
「……え?」
悠真は続けた。
山裾の家が土砂に埋もれたと聞き、悠真は足を止めた。
「木を切る許可を出したのは、私です」
村長が言う。
「切らなければ凍える家族がいた。責められるなら、わしも同じだ」
二人は崩れた斜面を見上げた。
根の抜けた土は雨を含み、まだ動きそうだった。
カールは避難範囲を広げ、山道を封鎖した。
植林はすぐには斜面を支えられない。
まず排水溝を掘り、雨水の流れを変える必要がある。
「木を植えれば終わり、ではないんだな」
エリクの呟きに、悠真は頷いた。
「今年の薪を守りながら、十年後の森も守る。どちらかを切り捨てれば、また誰かが困る」
「だから、木を切ることを全部禁止するつもりはありません」
「……では?」
「切ってよい場所と、守る場所を決めましょう」
悠真は地図を広げた。
「急な斜面」
「川沿い」
「村の上にある森」
「こうした場所は、できるだけ残します」
村人たちは地図を見つめた。
悠真は続けた。
「一方で、管理された平地の林から薪を確保します」
「そして、切った分は植え直します」
村長が尋ねた。
「……木が育つまで、何年もかかりますぞ」
悠真は頷いた。
「はい。だから、植林だけでは今年の冬に間に合いません」
そして、「住宅の断熱、共同暖房、燃料輸送も同時に進めます」
村人たちは、少しずつ頷いた。
そのとき。
エリクが尋ねた。
「……枝や、製材所の端材は?」
悠真が顔を上げた。
「……使えるね」
「捨てている木材があるなら、燃料にできるんじゃないか?」
「うん。ただし、塗料や薬品が付いたものは避けないと」
悠真は笑った。
「まず、使われていない資源を調べよう」
土砂に埋まった畑の端で、老人は切り株を見つめた。
「冬を越すには、あの木が必要だった」
悠真は頷いた。
「伐るなとは言えなかった。でも、次の冬も同じことをしたら、この畑がなくなる」
植林の計画だけでなく、共同暖房所と薪の乾燥庫を増やす案が作られた。
老人は泥を一握りすくった。
「木が育つまで、何年かかる」
「長い時間です。だから、今から始めます」
こうして、北部では森林管理と燃料の共同調達が始まった。
だが、燃料不足は家庭だけの問題ではなかった。
王都では、パンを焼くための燃料まで不足し始めていた。




