第八十三話 寒さが五年続くかもしれないと言われたので、悠真は王国中の薪を数え始めた
王都アルディア。
王立学術院。
「……五年ですか?」
悠真は、老学者エドガーの顔を見つめた。
エドガーは首を振った。
「五年続くと断定したわけではありません」
「……では?」
「一年で終わる可能性もある。だが、過去の記録には、低温が数年間続いた例もあるのです」
悠真は、机に広げられた記録を見た。
過去の異常気象。
夏の霜。
冬の大雪。
翌年も回復しない収穫。
そして、飢饉。
「……食料だけじゃ足りないですね」
悠真が呟いた。
エドガーが尋ねた。
「何がです?」
「暖房です」
「……暖房?」
「はい。寒さが続けば、薪が大量に必要になります」
悠真は指を折った。
「家を暖める」
「食事を作る」
「水を沸かす」
「病人を看病する」
「鍛冶屋や工房を動かす」
エドガーの表情が変わった。
「……確かに」
悠真は続けた。
「食料があっても、凍えてしまったら意味がありません」
その日の午後。
王宮で緊急会議が開かれた。
「……薪の備蓄を調べる?」
財務大臣が尋ねた。
悠真は頷いた。
「はい」
「王国中の?」
「まずは寒冷地からです」
財務大臣は眉をひそめた。
「食料調査だけでも大変だったのだぞ」
「分かっています」
悠真は答えた。
「ですが、薪の不足は食料不足と同じくらい危険です」
国王アルベルト三世が尋ねた。
「……具体的には?」
悠真は地図を広げた。
食料倉庫の帳簿には、麦と芋の数しかなかった。
「火がなければ、煮ることもできません」とパン職人が言う。
悠真は薪の備蓄、運搬距離、乾燥の具合まで調べさせた。
「食料を守る計画に、暖を取る計画がなかった」
寒さは、空腹と別々に人を襲うわけではない。
翌日から、配給所の地図には共同の暖房所も書き込まれた。
「北部では、すでに例年より多くの薪を消費しています」
「さらに、輸送路が雪で塞がれれば、追加の薪も届きません」
「だから、冬が来る前に必要量を把握したいんです」
王宮の暖炉には、いつもの半分の薪しかなかった。
「王国全体で何束必要か、誰も把握していません」
悠真の言葉に役人が困った顔をした。
「村ごとに薪の単位が違います。束の大きさも、乾き具合も」
「なら、重さと乾燥状態をそろえて記録しよう」
エリクが尋ねた。
「森を全部数えるのか?」
「切ってよい木と、残すべき木を先に決める。土砂崩れを起こしたら、暖かくなる前に家がなくなる」
エドガーの予測は、まだ確定ではない。
だからこそ、最悪に備えながら毎年見直す計画が必要だった。
「五年という数字に怯えるんじゃない。明日の薪を、来年の森と一緒に考えるんだ」
国王は頷いた。
「……よかろう」
こうして、全国燃料調査が始まった。
二週間後。
北部の調査結果が届いた。
【北部十二地域】
【薪の平均備蓄量:約二か月分】
【寒冷化による消費増加】
【一部地域では、すでに不足】
悠真は、その数字を見つめた。
「……二か月?」
食料備蓄は、まだ数か月分ある。
だが、薪は二か月分しかない。
エリクが尋ねた。
「……どうする?」
悠真は、静かに答えた。
「薪を増やすだけじゃ駄目だ」
「……え?」
「使う量も減らさないと」
エリクは首を傾げた。
「……どうやって?」
悠真は、窓の外を見つめた。
石造りの建物。
隙間風の入る窓。
暖炉から逃げていく熱。
「……まず、家を暖かくしよう」
エリクが目を見開いた。
「家を?」
悠真は頷いた。
「薪を二倍に増やすより、同じ薪で二倍暖かくなる方法を考えるんだ」
その言葉から、王国の住宅改革が始まった。




