第八十一話 大凶作で王国が飢え始めたので、悠真は最後の備蓄を放出する決断を迫られた
翌年。
アルディナ王国。
王都アルディア。
「……備蓄が減っています」
財務大臣が報告した。
国王アルベルト三世は、静かに尋ねた。
「……どれほどだ?」
「現在、通常消費量の約五か月分です」
沈黙。
悠真は、報告書を見つめた。
冷害が始まる前。
王国には、十か月分の備蓄があった。
それが、五か月分まで減っていた。
だが、今年の収穫も回復していない。
「……南部は?」
悠真が尋ねた。
農業大臣が答えた。
「北部よりは良好ですが、例年を下回っています」
「……ヴァルシア王国は?」
「同様です」
悠真は、深いため息をついた。
国王が尋ねた。
「……どうする?」
悠真は、しばらく考えた。
備蓄を守れば、将来の食料を確保できる。
だが、今、飢えている人々を助けられない。
一方。
備蓄をすべて放出すれば、次の収穫が失敗したときに対応できなくなる。
「……難しいですね」
悠真が呟いた。
財務大臣が頷いた。
「……ああ」
そのとき。
エリクが口を開いた。
「……悠真」
「何?」
「十年前、俺たちが飢えていたとき」
悠真が顔を上げた。
エリクは続けた。
「ベルナ村は、種芋を全部食べなかった」
悠真は頷いた。
「……うん」
「来年のために、残してくれた」
「……そうだね」
エリクは、静かに言った。
「今も、同じじゃないかな」
悠真は、しばらく黙った。
そして、「……そうだね」
頷いた。
悠真は、国王へ向き直った。
「……陛下」
「何だ?」
「備蓄を放出します」
大臣たちがざわめいた。
悠真は続けた。
「ただし、全部ではありません」
「……どれほどだ?」
国王の前に並んだ三枚の表は、どれも赤字だった。
「いま配れば冬の終わりに不足する。温存すれば、今月の死者が増える」
財務大臣が言った。
悠真は地図を示した。
「全域に同じ量を出すのはやめます。病院、孤立地域、幼い子供の多い地区から優先する」
「公平ではないと責められるぞ」
「理由を公開します。間違っていたら、次の週に直す」
国王は書類に目を落とした。
「わしは、足りると言って安心させたい」
「私もです」
悠真は答えた。
「でも、嘘の安心で冬は越せません」
窓の向こうでは雪が降っていた。
王の署名が、今夜の食卓と来春の畑を同時に動かそうとしていた。
「今後の収穫見込みを更新しながら、段階的に放出します」
そして、「次の作付けに必要な種子と、最低限の緊急備蓄は確保します」
国王は頷いた。
「……分かった」
悠真は続けた。
「さらに、食料の配給を優先する地域を決めます」
「……優先?」
「はい」
「子供、病人、妊娠中の女性、高齢者など、栄養不足の影響を受けやすい人々を確実に支援します」
財務大臣が頷いた。
「……なるほど」
悠真は続けた。
「そして、食料が不足する地域には、保存食を優先して送ります」
国王は、静かに頷いた。
「……よかろう」
そして、「王国緊急食料配給令を発動する」
大臣たちが頭を下げた。
その日。
王国全土で、備蓄食料の追加放出が始まった。
だが、その夜。
王宮へ、ヴァルシア王国から一通の緊急書簡が届いた。
『我が国北部において、食料不足が深刻化』
『一部の地域で、住民の移動が始まっている』
『国境へ向かう避難民が増加』
国王は、書簡を読み終えた。
そして、「……避難民か」
静かに呟いた。
悠真は、顔を上げた。
「……何人ですか?」
外交大臣が答えた。
「現時点で、数千人規模と見られています」
会議室が静まり返った。
その人数は、今後さらに増える可能性があった。
会議のあと、ユリウスは悠真を廊下で呼び止めた。
「五か月分というのは、全員が今まで通り食べた場合の数字だな」
「はい。地域差もあります。北部には一か月分も残っていない村があります」
「ならば、王都の数字だけで安心してはならない」
王太子は、配給の基準を公開し、村ごとの残量を週ごとに更新するよう命じた。
配給量を決める会議で、悠真は数字の横に小さく「届かなかった世帯」と書いた。
全体では五か月分の備蓄があっても、雪に閉ざされた村では一週間分もない。
国全体の平均が、人の空腹を消すわけではなかった。
「優先順位を決めれば、後回しにされる人が出る」
悠真が言うと、ユリウスは頷いた。
「だから、その人の名前まで見える仕組みにする。見えない犠牲を作るな」
その夜、悠真は初めて、帳簿の余白に配給を受けられなかった世帯の数を書き込んだ。




