第八十話 雪に閉ざされた三つの村を救うため、カールが兵士たちに剣ではなくシャベルを持たせた
ヴァルシア王国北部。
山岳地帯。
「……道がない」
カールは、雪に埋もれた街道を見つめていた。
悠真が頷いた。
「……完全に塞がっていますね」
目の前には、高さ二メートル近い雪の壁があった。
その向こうに、三つの村がある。
住民は、合わせておよそ四百人。
最後の報告では、食料は一週間分。
だが、連絡が途絶えてから、すでに四日が経過していた。
「……時間がない」
エリクが呟いた。
カールは、兵士たちを振り返った。
「……全員、集合!」
兵士たちが集まった。
「隊長!」
カールは、静かに命じた。
「剣を置け」
兵士たちは驚いた。
「……え?」
「剣を置いて、シャベルを持て!」
沈黙。
一人の兵士が尋ねた。
「……戦わないのですか?」
カールは答えた。
「戦う」
そして、「雪と戦うんだ」
兵士たちは顔を見合わせた。
カールは続けた。
「この先には、四百人の村人がいる!」
「食料が尽きかけている!」
「我々が道を開かなければ、誰も助けに行けない!」
兵士たちの表情が変わった。
「……了解!」
「シャベルを持て!」
「道を掘るぞ!」
こうして。
アルディナ王国軍とヴァルシア王国軍の合同除雪隊が結成された。
かつて、国境で剣を向け合った兵士たち。
今。
同じ道を掘り進めていた。
一日目。
雪を掘る。
崩れた雪を運ぶ。
再び掘る。
だが、進めた距離はわずかだった。
「……くそっ!」
一人の兵士が、シャベルを地面に突き立てた。
「全然進まない!」
カールは頷いた。
「……分かっている」
そのとき。
悠真が、地図を広げた。
「……この道だけに頼るのは危険ですね」
エリクが尋ねた。
「……どうする?」
悠真は答えた。
「山の反対側からも、近づけないか調べましょう」
ルドルフが頷いた。
「……古い猟師道があります」
悠真が顔を上げた。
「本当ですか?」
「はい。ただし、荷馬車は通れません」
悠真は頷いた。
「なら、少量でもいいです」
そして、「そりや背負い袋で、食料を運べないか試しましょう」
カールは頷いた。
「……二手に分かれる」
だが、ルドルフが言った。
「雪崩の危険があります。無理に進むわけにはいきません」
悠真は頷いた。
「そうですね」
そこで、地元の猟師たちに道の状態を確認してもらうことになった。
翌朝。
「……通れる場所がある!」
猟師が報告した。
雪道の開削が半ばに達したころ、一人の兵士が膝をついた。
「隊長……指が動きません」
カールはすぐに作業を止めさせた。
手袋は濡れ、指先は白い。
「交代だ。火を起こし、乾いた布を回せ」
「あと少しです!」
「倒れた兵士を運ぶ道を作るために、別の兵士を倒す気か」
叱責に、若い兵士は唇を噛んだ。
エリクはそりの積荷を見直し、先に温かい飲み物と毛布を送った。
食料だけでは、寒さに閉ざされた村を救えない。
道がつながったとき、カールは剣の柄ではなくシャベルの柄を握り直した。
「戦場で覚えたのは、進むことだけじゃない。引き返す判断もだ」
「ただし、少人数だけだ!」
カールは頷いた。
「……よし」
精鋭の兵士と猟師たちが、食料を背負って出発した。
三日後。
最初の村。
「……誰か!」
兵士が叫んだ。
「食料を持ってきた!」
しばらくして。
家の扉が開いた。
痩せた老人が、顔を出した。
「……本当に?」
兵士は頷いた。
「はい!」
老人は、その場に座り込んだ。
「……助かった」
兵士は、食料袋を差し出した。
「まず、村の人数を教えてください」
老人は、震える声で答えた。
「……八十六人だ」
そして、「……子供が、十九人いる」
兵士は頷いた。
「分かりました」
その日の夜。
村では、久しぶりに温かい食事が配られた。
翌日。
第二の村にも食料が届いた。
そして、第三の村へ向かった救援隊から、報告が届いた。
【村への到達成功】
【住民の生存を確認】
【重度の栄養不足者あり】
【医療支援を要請】
カールは、報告書を握りしめた。
「……間に合った」
悠真も、ほっと息を吐いた。
エリクが笑った。
「……よかった」
だが、カールは、静かに続けた。
「まだ終わりではない」
悠真が顔を上げた。
カールは、雪に埋もれた道を見つめた。
「……次の冬までに、この道を強くしなければならん」
悠真は頷いた。
「……そうですね」
食料を届ける戦いは、まだ続いていた。




