第七十九話 食料を届けた村で子供が倒れたので、悠真は飢えが終わっていないことを思い知った
ヴァルシア王国北部。
小さな山村。
「……食料が届いたぞ!」
村人たちが、広場へ集まった。
荷馬車から、麦と豆が降ろされる。
乾燥トウモロコシ。
保存食。
そして、医療用の物資。
「……助かった」
村長が、深く頭を下げた。
悠真は頷いた。
「まず、人数を確認しましょう」
そのとき。
「……お母さん!」
小さな叫び声が響いた。
悠真が振り返った。
広場の端で、一人の少年が倒れていた。
「……大変だ!」
母親が駆け寄った。
悠真も走った。
「……どうしました!?」
母親は、震える声で答えた。
「三日も、まともに食べていないんです!」
悠真は息を呑んだ。
「……三日?」
少年は、ぐったりしていた。
悠真は、すぐに同行していた医療担当者を呼んだ。
「先生!」
医療担当者が駆け寄った。
「……状態を確認します!」
悠真は、母親の肩に手を置いた。
「大丈夫です。先生が診ています」
母親は泣きながら頷いた。
「……お願いします」
医療担当者は、少年の状態を慎重に確認した。
重い栄養不足や脱水が疑われた。
「……急に大量の食事を与えてはいけません」
医療担当者が言った。
悠真は頷いた。
「……はい」
「状態を見ながら、水分と栄養を慎重に補います」
少年は、医療担当者たちによって休養所へ運ばれた。
悠真は、しばらく動けなかった。
食料は届いた。
倉庫もある。
輸送網も整えた。
それでも、目の前で、子供が倒れた。
「……悠真さん」
ルドルフが声をかけた。
悠真は、静かに答えた。
「……まだ、足りないんですね」
ルドルフは黙った。
悠真は続けた。
「食料を作るだけじゃ駄目だった」
「備蓄するだけでも駄目だった」
「運ぶだけでも、まだ足りない」
ルドルフが尋ねた。
「……では、何が必要なのでしょう」
悠真は、しばらく考えた。
そして、「……誰が、今、食べられていないのか」
静かに答えた。
「それを、早く見つける仕組みです」
倒れた子供のそばで、悠真は膝をついた。
「食べさせれば元気になりますか」
母親の問いに、同行した医師は首を振った。
「衰弱がひどい。急に大量の食事を与えるのは危険です。少しずつ、様子を見ます」
母親の顔が歪んだ。
「食料が届いたのに……」
悠真は言葉を失った。
荷馬車の到着を成功だと思っていた。
だが、届いた日が遅すぎることもある。
医師が子供の手を温める間、エリクは村の家々を回った。
歩けない老人、熱を出した乳児、配給所まで来られない者。
「列に並んだ人数だけ数えても、足りないんだ」
悠真は翌朝から戸別訪問を配給計画に加えた。
ルドルフは頷いた。
「……なるほど」
悠真は続けた。
「食料が村に届いても、病気の人や、動けない老人には届かないことがあります」
「子供が多い家族では、足りないかもしれません」
「だから、村ごとに確認する人が必要なんです」
ルドルフは頷いた。
「……分かりました」
その日。
村では、食料配給の方法が見直された。
家族の人数。
子供の年齢。
病人の有無。
動けない老人。
妊娠中の女性。
必要な支援を確認し、配給を調整した。
数日後。
倒れた少年は、少しずつ回復し始めた。
母親は、悠真に頭を下げた。
「……ありがとうございます」
悠真は首を振った。
「俺だけの力じゃありません」
そして、少年を見つめた。
「……元気になってね」
少年は、小さく頷いた。
「……うん」
悠真は、ほっと息を吐いた。
少年の家を訪ねたエリクは、戸口に置かれた空の鍋を見つけた。
「配給所に並ぶ間、子供を一人にできなかったんです」と母親は言った。
エリクは言葉を失った。
配る場所を決めただけでは、取りに来られない人を見落とす。
翌朝、彼は村の若者に戸別配達を頼み、自分も最後の家まで歩いた。
帳簿の数字が減ったとき、初めて誰かの夕食が増えた。
だが、その夜。
ルドルフから、さらに悪い知らせが届いた。
「……悠真さん」
「どうしました?」
ルドルフは、震える声で答えた。
「……北部の三つの村と、連絡が取れなくなりました」
悠真は顔を上げた。
「……三つ?」
ルドルフは頷いた。
「大雪で、完全に孤立したようです」
そして、「最後の報告では、食料が一週間分しかありませんでした」




