第八話 収穫の四割を税金で取られるので、村人たちは種芋を隠し始めた
「四割だと!?」
ハインツが怒鳴った。
「話が違うではないか!」
領主の使者は冷たく答えた。
「収穫量が増えたのだから、税も増える。それだけのことだ」
悠真が進み出た。
「侯爵様とは、収穫量を増やせば税率を考え直すという約束でした」
「考え直した結果が四割だ」
使者は平然と言った。
村人たちがざわついた。
「ふざけるな!」
「種芋はどうなる!」
「冬の食料は!」
使者は羊皮紙を指さした。
「種芋と種子は税の対象から除外する。ただし、必要量は領主側が認定する」
悠真の表情が険しくなった。
「……認定?」
「そうだ」
使者は笑った。
「必要以上に残すことは認めない」
種芋を床下へ隠す農民の手は震えていた。
税を逃れたいのではない。
春まで家族を生かすための種を失いたくないのだ。
悠真は帳簿を開き、食べる分と売る分と植える分を別々に書き出した。
「この三つを一緒に数えたら、村は来年まで持ちません」
エリクが拳を握った。
「それじゃ、来年の畑を増やせない!」
「領主様の許可があれば増やせる」
「そんな……!」
使者は命令書を置いて去った。
その夜。
アルト村の倉庫では、村人たちが集まっていた。
「……どうする?」
一人が尋ねた。
「全部正直に申告したら、来年の種芋が足りなくなる」
別の村人が呟いた。
「……隠すしかない」
沈黙。
そして、「そうだな」
誰かが頷いた。
「種芋だけでも隠そう」
エリクは驚いた。
「待ってくれ!」
村人たちが振り返った。
「隠したら、見つかったときに大変なことになる!」
「じゃあ、どうするんだ!」
男が怒鳴った。
「お前の母親は助かっただろう! だが、俺の家にはまだ食料が足りないんだ!」
エリクは言葉を失った。
そのとき。
母親が口を開いた。
「……エリク」
「母さん?」
「この人たちは、悪いことがしたいわけじゃないの」
母親は村人たちを見渡した。
「ただ、家族を飢えさせたくないだけなのよ」
エリクは俯いた。
「……分かってる」
母親は続けた。
「でも、隠し続けるだけでは、いつか争いになるわ」
悠真が頷いた。
「……そうですね」
そして、提案した。
「収穫量と、来年必要な種芋の量を、全部記録しましょう」
「記録?」
「はい。どれだけ収穫して、どれだけ食べて、どれだけ次の栽培に必要なのか」
悠真は木の板を取り出した。
「数字を残せば、領主に説明できます」
ハインツが頷いた。
その夜、種芋を隠した家が一軒、村人に知られた。
エリクは責めようとしたが、戸口で泣く幼子を見て口を閉ざした。
家主は言った。
「来年の種を残すためだ。盗むつもりじゃない」
翌朝、悠真はその家の床下に隠された種芋を見せてもらった。
湿った土の上に袋が積まれ、いくつかは傷み始めていた。
「ここに置いたら腐ります」
農民は唇をかんだ。
「見つかるよりはましだ」
「でも、腐ったら春に植えられない」
悠真は袋を持ち上げた。
「村の共同倉庫に種芋を集めましょう。量を記録して、立ち会った人の名前も残します。隠すより危険かもしれません。でも、守る理由を皆で示せる」
「侯爵の兵士が来たら?」
「倉庫の鍵は村長一人に預けない。三つの村で管理します。勝手に持ち出せないように」
沈黙のあと、最初に頷いたのは、エリクの母だった。
「私も数えるわ。種を守る仕事なら、できるもの」
エリクが慌てた。
「母さん、まだ無理するなよ」
「数えるくらいなら平気よ」
彼女は笑い、傷んだ芋を一つ取り除いた。
「来年の春に植えるのは、元気な種でないとね」
悠真は胸が詰まった。
種芋は数字ではない。
冬を越した先の命そのものなのだ。
「……なるほど」
エリクも顔を上げた。
「俺、記録を手伝う!」
悠真は笑った。
「頼むよ」
その日から。
三つの村では、初めて本格的な収穫記録が作られ始めた。
しかし、領主の側も、ただ黙っているつもりはなかった。




