第七話 水路が完成したので、三つの村でジャガイモを大量生産することになった
水路工事が始まって、二か月。
ようやく、最初の水が畑へ流れ込んだ。
「……来た!」
エリクが叫んだ。
細い水路を、水が流れていく。
ゆっくりと。
しかし、確かに。
「水だ!」
「本当に来たぞ!」
村人たちが歓声を上げた。
ハインツは目を潤ませていた。
「……まさか、本当にできるとはな」
悠真は疲れ切った顔で笑った。
「みんなが頑張ったからですよ」
水路ができたことで、畑の管理は大きく変わった。
雨だけに頼る必要がなくなった。
ただし、無制限に水を使えるわけではない。
悠真は村人たちに説明した。
「畑ごとに、水を使う順番を決めましょう」
完成した水路に水が流れた瞬間、歓声が上がった。
だが悠真は、水門の脇に立つ三人の村長を見ていた。
「今日は流れました。でも、渇水の年にも同じように分けられますか」喜びに水を差す問いだった。
それでも、今決めなければ次の夏に争いになる。
「順番?」
「はい。上流の畑だけが水を使いすぎないようにするんです」
ベルク村の村長も頷いた。
「それなら公平だ」
エリクは木の板に、畑ごとの順番を書き込んだ。
「これで、誰がいつ水を使うか分かる」
悠真は感心した。
「いいね。それなら揉めにくい」
そして、三つの村では、ジャガイモの栽培面積を大きく増やした。
トウモロコシも育てた。
ただし、麦の畑をすべて潰すことはしなかった。
「一つの作物だけに頼るのは危険です」
悠真は村人たちに説明した。
「病気が広がったら、全部駄目になるかもしれません」
ハインツが頷いた。
「なるほど。麦も残すわけだな」
「はい」
さらに、ジャガイモの種芋は、健康な株から選んだ。
病気の疑いがあるものは、種として使わない。
トウモロコシも、十分に熟した穂から種子を採った。
村人たちは、少しずつ新しい農業を覚えていった。
そして、収穫の日。
畑から、次々とジャガイモが掘り出された。
「……すごい!」
「去年より多いぞ!」
「これなら冬を越せる!」
エリクは収穫した芋を抱えた。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「悠真!」
「ん?」
「これで、母さんもクリスも飢えずに済む!」
悠真は頷いた。
「そうだね」
しかし、その日の夕方。
三つの村に、領主からの使者がやって来た。
「領主様より命令である!」
水路が通っても、三つの村の畑すべてには届かなかった。
水番の交代表を巡って口論が起きる。
ハインツは鍬を置き、各村から一人ずつ監督を出すことを決めた。
「水路は掘れば終わりじゃない。守る人間がいなければ、明日には争いの種になる」
収穫前、エリクは水路の木札を見て首を傾げた。
「ベルク村の番なのに、水が来てない」
水門へ走ると、流木が詰まり、水が脇へあふれていた。
「誰かが止めたのか?」
「違う、上流の雨で流されてきたんだ!」
村人たちが鍬と縄を持って集まった。
だが、勢いのある水へ不用意に入れば流される。
悠真は水門の上から状況を確かめた。
「下流を先に閉めて、水圧を落としてください。流木を引くのは、それから!」
一刻後、詰まりが取れた。
泥だらけのベルク村長が、アルト村の若者へ手を差し出した。
「助かった。うちの畑だけじゃ、あれは動かせなかった」
若者は照れたように笑った。
「水路が壊れたら、俺たちも困るんで」
悠真はそのやり取りを見て、初めて共同管理の意味を実感した。
水が流れたから協力が生まれたのではない。
壊れた水路を一緒に直したから、次も守ろうと思えるのだ。
しかし収穫を数える手が増えるにつれ、悠真の胸には別の不安が芽生えていた。
領主がこの数字を見て、黙っているはずがない。
使者は羊皮紙を広げた。
『新作物の収穫量増加を確認した』
『よって、収穫物の四割を領主税として徴収する』
村人たちの笑顔が消えた。
「……四割?」
エリクが呟いた。
「種芋を残したら、冬の食べ物がなくなる」
隣にいた農民が指を折った。
水路の工事で働いた日数も、畑を貸し合った約束も、税の紙には一行も載っていない。
「徴収するなら、収穫に必要だった費用も数えてください」
悠真は羊皮紙の余白に、種芋と水路の維持費を書き始めた。
怒鳴り返すより先に、誰がどれだけ負担したかを残しておきたかった。
悠真は、静かに目を閉じた。
「……約束と違う」
領主との争いは、まだ終わっていなかった。




