第六話 隣村に水を分けてほしいと頼んだら、戦争になりかけた
「水を引くだと!?」
ベルク村の村長が机を叩いた。
「お前たちの畑を救うために、うちの牛を死なせろと言うのか!」
悠真は言葉を失った。
窓の外には、痩せた牛が空の水桶を舐めている。
エリクが前に出た。
「でも、俺たちの村も水が足りないんです!」
「知るか。川は上流の村のものだ!」
「川は誰か一人のものじゃない!」
村長の護衛が腰の剣に手をかけた。
エリクも身構える。
悠真は二人の間に入った。
「待ってください。奪い合う前に、川を調べさせてください」
「調べれば水が増えるのか」
「増えません。でも、足りなくなる日を予測して、先に分け方を決めることはできます」
翌朝、三つの村の代表が川辺に集まった。
悠真は川幅と水深を測り、浮かべた小枝が一定の距離を流れる時間を記録した。
正確な数字ではない。
それでも、上流の取水を増やせば下流の浅瀬が急に細くなることは分かった。
「この流れなら、三つの村の畑を全部潤すのは無理だ」
ベルク村長の言葉に、誰も反論できなかった。
「じゃあ、どこの畑を捨てる?」
悠真は地図を広げた。
「飲み水と家畜の水を最優先にします。畑は苗床を先に守り、川が赤い目盛りを下回ったら共同水路を止める。その判断は各村の管理人が記録を照合して行う」
「都合のいいときだけ下流が水を使うんじゃないだろうな」
「取水口に三つの村の印を付けます。誰でも確認できるように」
ベルク村長はまだ首を縦に振らなかった。
「水が足りないとき、誰が先に我慢する?」
長い沈黙のあと、エリクが口を開いた。
「……俺の畑を最初に止めてください」
「エリク!」
悠真は思わず振り向いた。
「母さんには怒られるかもしれない。でも、俺たちが最初に水を欲しいと言ったんだ。自分だけ損をしない約束なんて、信じてもらえない」
ベルク村長は少年の泥だらけの靴を見た。
「畑を諦めたら、お前の家の食料は?」
「そのときは、共同倉庫から借りて、次の収穫で返します。悠真、できるよな?」
悠真はすぐには答えられなかった。
倉庫の備蓄にも限りがある。
だが、できもしない約束をするより、上限を決めて皆に示すべきだった。
「村ごとに貸せる量を帳簿に記します。返せなかった年は、三つの村で不足分を話し合います」
「俺たちも負担するのか」とベルク村長が問う。
「はい。だから、水路も共同で管理してほしいんです」
村長は深く息を吐き、紙に署名した。
「……約束を破れば、工事は止める」
「その権利も書いてください」
エリクが答えた。
三本の木杭が川辺に打たれた。
水路はまだ一尺も掘られていない。
それでも、村人たちは初めて、同じ水位を見て話せるようになった。
帰り道、エリクが呟いた。
「水も食べ物も、分ければいいってだけじゃないんだな」
「うん。分けた後で困る人まで、考えないとね」
「……母さんとクリスが腹いっぱい食べられるようにしたかっただけなのに」
悠真は微笑んだ。
「その願いを、隣の家にも広げられる人が必要なんだよ」
川の向こうで、ベルク村長が牛の水桶を満たしていた。
その日、三つの村は剣ではなく、一本の物差しで争いを終えた。




