第五話 ジャガイモを十倍に増やしたら、今度は水が足りなくなった
翌春。
ベルナ村とアルト村では、農地の拡張が始まっていた。
「悠真! こっちの畑も頼む!」
「はい!」
「こっちも!」
「ちょっと待ってください!」
悠真は朝から土地改良のスキルを使い続けていた。
【土地改良成功】
【対象面積:10平方メートル】
【土地改良成功】
【対象面積:10平方メートル】
【警告:疲労が蓄積しています】
「……きつい」
悠真は膝をついた。
ハインツが駆け寄る。
「無理をするな!」
「でも、畑が……」
「倒れたら意味がない!」
悠真は苦笑した。
畑の端で、ひび割れた土を幼い子が指でなぞっていた。
収穫を増やす話ばかりしていた悠真は、その子の足元に水たまりひとつないことに気づく。
「作物を増やした分だけ、水も必要になる」当たり前の計算を後回しにしたことが、急に恐ろしくなった。
「……確かに」
そのとき。
エリクが走ってきた。
「悠真! 大変だ!」
「どうした?」
「井戸の水が足りない!」
悠真は顔を上げた。
「……え?」
アルト村では、ジャガイモの栽培面積が急激に増えていた。
だが、雨が少なかった。
井戸の水位も下がっていた。
村人たちは困り果てていた。
「このままじゃ、畑が枯れる!」
「水を運ぶにも限界がある!」
「せっかく増やしたのに……!」
悠真は畑を見つめた。
土地改良で、土は良くなった。
成長促進で、作物も早く育つ。
だが、水だけは、無から作れない。
「……そうか」
悠真は呟いた。
「作物を増やすだけじゃ駄目なんだ」
エリクが尋ねた。
「どうする?」
悠真は地図を広げた。
村の北側に、小さな川が流れている。
距離は、およそ三キロ。
「……水路を作ろう」
「水路?」
「川から畑まで、水を引くんだ」
ハインツが顔をしかめた。
「三キロもあるぞ」
「分かっています」
「人手も道具も足りん」
悠真は頷いた。
「だから、二つの村で協力しましょう」
エリクが拳を握った。
「俺も掘る!」
水路の話をした夜、悠真は一枚の紙に水の使い道を書き出した。
飲み水。
炊事。
家畜。
畑。
畑の端では、古い井戸の水位を示す石の印が露出していた。
昨日より指二本分も下がっている。
悠真は成長促進の使用を止めた。
「ここから先は、早く育てるほど誰かの飲み水を奪う」収穫を急ぐ声が上がったが、彼は首を振った。
畑に必要な水の量だけは、まだ正確に見積もれなかった。
「作付けを増やしたのは俺です」
集まった村人の前で、悠真は頭を下げた。
「水が足りなくなると分かっていなかった。すみません」
「謝って井戸が満ちるなら苦労しない」
年配の農民が言った。
責める口調ではなかった。
疲れ切っているのだ。
「水路ができるまで、どうするんだ?」
悠真は顔を上げた。
「飲み水は絶対に削りません。畑は優先順位を決めて、水を運べる範囲だけ守ります。枯れた苗を無理に生かそうとして、井戸を空にしてはいけない」
「……せっかく植えたのに」
少女が小さく言った。
「ごめん」
悠真は答えた。
「でも、ここで全部の水を使ったら、明日飲む水がなくなる」
少女は唇をかみ、やがて頷いた。
その夜、村では水を運ぶ当番表が作られた。
畑を救う工事の前に、村人の命を守るための取り決めが必要だった。
村の外れでは、朝から水桶を抱えた女が立ち尽くしていた。
畑へ運ぶはずの水を、熱を出した子供に飲ませるために取っておいたのだ。
「今年の苗は、半分を諦める」
彼女の言葉に、誰も反論できなかった。
悠真は畑の印に赤い布を結んだ。
救えない区画を明示するのは、土を改良するよりずっとつらかった。
それでも、飲み水を守ると決めた以上、数字と決断を曖昧にしてはならなかった。
ハインツはため息をついた。
「……まったく」
そして、笑った。
「お前たちといると、休む暇がないな」
工事に参加するはずだった老人が、道具を置いた。
「うちの畑まで水が来る保証はあるのか。下流に残るのは泥だけじゃないのか」
誰も答えられなかった。
悠真は測量用の縄を地面に置き、最初に水を流す区画と、飲み水を優先する時間帯を書き分けた。
「保証できないことを、できるとは言いません。だから毎朝、三つの村で水量を確かめて記録します」
老人はしばらく縄を見つめ、やがて道具を拾った。
「なら、最初の記録は俺がつける。嘘だったら真っ先に文句を言うぞ」
「それでいいです」
全員が賛成したわけではない。
それでも工事は、ようやく始められる。
その日。
ベルナ村とアルト村の村人たちは、初めて共同で水路工事を始めた。
しかし、川の上流には、別の村があった。
そして、その村の村長は、水路計画を知って怒り始めていた。




