第七十四話 孤立した村に食料を届けたら、村長が子供の人数を隠していた
ノルド村から北へ二十キロ。
山あいの小さな村。
「……四十八人です」
村長が答えた。
エリクは帳簿を開いた。
「村の人口が?」
「はい」
「子供は?」
「……八人です」
エリクは頷いた。
「分かりました」
だが、そのとき。
家の裏から、小さな声が聞こえた。
「……お腹すいた」
エリクが振り返った。
「……ん?」
古い納屋の陰。
そこには、痩せた子供たちが座っていた。
一人。
二人。
三人。
さらに奥にもいた。
エリクは目を見開いた。
「……ちょっと待って」
村長が顔色を変えた。
「……何ですか?」
エリクは、子供たちを指さした。
「子供が八人以上いるじゃないですか」
沈黙。
村長は、しばらく黙っていた。
そして、「……申し訳ありません」
深く頭を下げた。
エリクが尋ねた。
「……どうして隠したんですか?」
村長は、震える声で答えた。
「食料が……足りないと思ったんです」
「……え?」
「配給する食料が、人数で決められると聞いて……」
村長は続けた。
「子供が多いと分かれば、村が負担を増やすよう命じられるかもしれないと……」
エリクは黙った。
村長の目から、涙がこぼれた。
「……昔、そういうことがあったんです」
十年以上前。
領主の役人が、村の人口を調べた。
そのあと、人数に応じて税を増やされた。
だから、村人たちは人口を隠すようになった。
「……そうだったんですね」
エリクは、静かに答えた。
そして、帳簿を閉じた。
「でも、今回は違います」
村長が顔を上げた。
「……え?」
エリクは続けた。
「人数が多ければ、その分だけ必要な食料も増えます」
「……本当に?」
「はい」
エリクは頷いた。
「子供を隠したら、その子の分の食料が届かなくなります」
村長は、声を詰まらせた。
「……そんな」
エリクは、納屋の陰へ歩いていった。
一人の少女が、怯えた目で見上げた。
「……怒られる?」
エリクは首を振った。
「怒らないよ」
そして、膝をついた。
「名前を教えてくれる?」
村長が人数を隠した理由は、エリクの予想とは違っていた。
「子供が多いと知れたら、隣村に『食料を奪っている』と言われる」
村長は床を見つめた。
「前の飢饉で、そう言われたんです」
エリクはすぐには答えられなかった。
正しい人数を届ける制度も、信用されなければ機能しない。
「名前を公の掲示板には出しません。ただし配給係には正確に伝えてください」
「……本当に、減らされないか」
「減らさない。その代わり、届いた袋の数を村人みんなで確かめましょう」
村長がようやく頷くと、戸口に隠れていた少女が姿を見せた。
エリクはその細い手を見て、帳簿の数字が人の顔に変わる瞬間を知った。
「……マリー」
「マリーか」
エリクは笑った。
「何歳?」
「……六歳」
エリクは頷いた。
「分かった」
そして、村長へ振り返った。
「全員の人数を、もう一度調べましょう」
その日。
村の人口は、四十八人ではなく、七十三人だったことが分かった。
うち、子供は二十一人。
エリクは、帳簿を書き直した。
【人口 73人】
【子供 21人】
【緊急食料配給対象 73人】
そして、「……これで、全員分を申請できます」
村長は、その場に崩れ落ちた。
「……ありがとうございます」
エリクは、静かに答えた。
「十年前、俺も飢えていました」
そして、「だから、分かるんです」
エリクは、子供たちを見つめた。
「食べ物がないとき、何が一番怖いか」
少女マリーが尋ねた。
「……何?」
エリクは答えた。
「明日も、食べられないかもしれないことだよ」
マリーは黙った。
エリクは笑った。
「でも、明日の分も届けるからね」
少女は、小さく頷いた。
その夜。
村の子供たちは、久しぶりに満腹になった。
しかし、翌朝。
エリクのもとに、王都から緊急の手紙が届いた。
【王都の食料価格が急騰】
【買い占めが発生】
【市民による抗議行動が拡大】
エリクは、手紙を握りしめた。
「……今度は王都か」
村長は配給名簿から三人の子供を消していた。
「なぜだ」とエリクが尋ねる。
「戸籍がない。逃げてきた子だ。書けば追い返されると思った」
エリクは膝をつき、子供たちに名前を尋ねた。
「名簿に載せる。食べる権利を消すためじゃない。次に来た人が、君たちの分も持って来られるように」
村長は初めて顔を上げた。




