第七十話 五年分の備蓄計画が進んだので、隣国にも食料を貯めるように頼んだ
ヴァルシア王国。
王都。
「……食料備蓄?」
ルドルフ・ベルナーが尋ねた。
悠真は頷いた。
「はい」
「アルディナ王国では、すでに始まっているそうですね」
「はい」
悠真は続けた。
「でも、アルディナ王国だけが備蓄しても、広域的な凶作には対応できません」
ルドルフは考え込んだ。
「……確かに」
悠真は地図を広げた。
「もし、両国で同時に収穫量が減ったら」
「……食料の奪い合いになる」
ルドルフが答えた。
悠真は頷いた。
「そうです」
そして、「だから、今のうちに協力する仕組みを作りたいんです」
ルドルフは頷いた。
「……分かりました」
数日後。
ルドルフは協定案を読み終え、悠真に尋ねた。
「互いの国が不作になったとき、どちらを先に助けますか」
悠真はすぐには答えなかった。
「国境を越える荷車の数には限りがあります。だから、平時から必要量と輸送路を公開し、緊急時は子供や病人の多い地域を優先する基準を決めたい」
「自国の貴族が反対します」
「こちらも同じです」
二人は苦笑した。
ルドルフは窓の外の山を見た。
「十年前、我々は飢えて剣を取った」
「次は、剣を取る前に相談できるようにしたいんです」
ルドルフは協定案に一行を書き加えた。
『不足を隠さず、支援の要請を恥としないこと』
ヴァルシア王国の王宮で、会議が開かれた。
アルディナ王国の使節。
ヴァルシア王国の大臣。
農業技術者。
軍の補給担当者。
そして、悠真とルドルフ。
悠真は説明した。
「両国で、食料の備蓄量を定期的に報告し合います」
「……備蓄量を?」
ヴァルシア王国の大臣が尋ねた。
「はい」
悠真は続けた。
「ただし、軍事機密に関わる詳細な倉庫位置などは、公開する必要はありません」
大臣は頷いた。
「……なるほど」
さらに。
「どちらかの国で不作が起きた場合、余裕のある国から食料を輸送する仕組みを作ります」
ルドルフが頷いた。
「……いいですね」
だが、一人の大臣が尋ねた。
「……両国で同時に不作になった場合は?」
悠真は答えに詰まった。
備蓄を増やしても、二つの国の食料が同時に尽きれば、互いに送れるものはなくなる。
「助けられない場合もあります」と悠真は認めた。
「だから、支援可能な量の上限を平時に決め、足りなくなる前に知らせ合う仕組みが必要です」
「自国の子供が飢えているとき、隣国へ送れと?」と大臣が問う。
ルドルフが立ち上がった。
「十年前、食料を奪うために軍を動かした。その結果、我々はもっと多くの食料を失った。今度は不足を隠して相手を疑うことから始めたくない」
会議は夜まで続いた。
優先順位は年齢だけでは決められない。
病人、妊婦、孤立した村、輸送にかかる日数。
両国の補給担当者が同じ地図を囲み、実際に運べる荷車の数まで書き込んだ。
最後に協定案へ加わったのは、『支援できないときは、理由と不足量を早期に通告する』という条項だった。
数週間後。
両国は、正式な協定を結んだ。
【アルディナ・ヴァルシア共同食料安全保障協定】
・食料生産量と備蓄量の定期報告
・災害時の相互支援
・農業技術の共同研究
・備蓄管理技術の共有
・緊急輸送路の整備
かつて。
十万の軍勢が、食料を奪うために国境を越えた。
今。
二つの王国は、食料を分け合うための協定を結んだ。
悠真は、静かに呟いた。
「……少しずつ、変わってきたな」
調印の夜、ルドルフは補給担当者が書き込んだ輸送地図を広げた。
協定ができても、食料が突然増えるわけではない。
「明日からは、倉庫の数を確かめなければなりませんね」
「ええ。約束が守れるかどうかは、明日の仕事で決まります」
悠真は答えた。
だが、その年の冬。
北方の山々では、例年より早く雪が降り始めていた。




