第六十八話 倉庫の帳簿を調べたら、食料が腐ったことになっているのに売られていた
最初の監査先では、帳簿の数字はすべて合っていた。
だが、袋を開くと底の芋が黒く腐っていた。
担当者は震えながら言った。
「記録を変えたら、処罰されると思ったんです」。
エリクは叱責を飲み込んだ。
「腐った日を責める前に、報告できなかった理由を調べよう」。
その日の監査報告には、不正の疑いと同じ大きさで、報告制度の欠陥が書かれた。
アルディナ王国東部。
王国第七備蓄倉庫。
「……おかしい」
エリクは、帳簿を見つめていた。
監査官が尋ねた。
「どうしました?」
エリクは、一つの記録を指さした。
【麦 500袋】
【品質不良により廃棄】
「……五百袋?」
監査官が頷いた。
「はい」
エリクは続けた。
「でも、廃棄記録がありません」
「……何?」
「運搬記録も、処分場所の記録もないんです」
監査官は眉をひそめた。
「……確かに」
エリクは、さらに帳簿を調べた。
すると。
別の記録が見つかった。
【麦 500袋】
【商会へ売却】
エリクは息を呑んだ。
「……同じ日付?」
監査官が顔を上げた。
エリクは帳簿の「廃棄」の文字を指でなぞった。
「捨てたなら、どこへ運んだんですか」
倉庫長は答えを濁した。
監査官は商会の運送記録を取り寄せた。
廃棄されたはずの日、同じ袋数の麦が別の町へ出荷されていた。
「袋数だけでは同じ品とは言えません」
エリクは頷いた。
「だから、袋に押された倉庫印と、運送人の受領印を照らしましょう」
数日後、二つの印が一致した。
倉庫長は椅子に座り込んだ。
「傷んだ分を隠せと命じられた。残った品まで廃棄扱いにして、売った」
エリクは怒りを飲み込んだ。
「誰が命じたかも調べます。でも、次に同じことを隠させない仕組みが必要です」
「……まさか」
エリクは続けた。
「腐ったことになっている麦が、商会へ売られています」
監査官は、すぐに倉庫責任者を呼び出した。
「……説明してください」
責任者は青ざめた。
「……それは」
「廃棄したはずの麦が、なぜ売却されているのですか?」
腐ったことにされた穀物の搬出日には、いつも同じ運送業者の名があった。
「廃棄したなら、運び先と処分の立会人がいるはずです」
エリクは受領書を集めた。
ないものもあった。
役人は言った。
「昔からこうしていた」
「昔からなら、なおさら改めなきゃならない」
エリクは証拠を王都へ送り、同時に倉庫の在庫を村人に公開した。
罰だけでは、次の横流しを防げない。
責任者は、しばらく黙っていた。
そして、「……処分費用を減らすために」
小さく答えた。
エリクが眉をひそめた。
「……何?」
責任者は続けた。
「商会が、安く引き取ると言ったんです」
「……品質不良の麦を?」
「はい」
エリクは、静かに尋ねた。
「……その麦は、どうなったんですか?」
責任者は答えられなかった。
監査官は、すぐに調査を命じた。
数日後。
問題の麦は、家畜飼料として再販売されていたことが判明した。
ただし、品質検査の記録はなかった。
エリクは、深いため息をついた。
「……危ないな」
監査官が頷いた。
「はい。カビ毒などの危険があれば、飼料としても使えません」
エリクは、帳簿を閉じた。
「……食べられないものを、別の名前で売っても駄目なんだ」
監査官は頷いた。
「その通りです」
その日。
王国第七備蓄倉庫の責任者は、職務を停止された。
そして、品質不良の食料を売却する場合には、用途ごとの安全確認と記録を義務付ける新しい規則が作られた。
だが、エリクは、別の疑問を抱いていた。
「……どうして、こんなことが起きるんだろう」
監査官が尋ねた。
「……何がですか?」
エリクは答えた。
「食料を守るための倉庫なのに」
そして、「……食料を失ったことを、隠そうとする人がいる」
監査官は黙った。
エリクは、静かに続けた。
「失敗したことを報告したら、罰せられるからじゃないのか?」
その言葉に、監査官は顔を上げた。
「……なるほど」
エリクは頷いた。
「失敗を隠す方が得になる仕組みなら、また同じことが起きる」
そして、「失敗を早く報告した人が、損をしない仕組みが必要なんだ」
その提案は、後に王国の備蓄制度を大きく変えることになる。




