第六十三話 五年後に大凶作が来ると言われたので、王国中の食料を数えることにした
王都アルディア。
王立学術院。
「……五年後です」
老学者エドガーは、机に広げた古い記録を指さした。
悠真は眉をひそめた。
「五年後?」
「はい。過去百年の記録を調べたところ、約二十年ごとに大規模な凶作が発生しています」
机の上には、五冊の古い帳簿が並んでいた。
そこには、各地の収穫量、気温、降雪、飢饉による死者数が記されていた。
「……確かに」
悠真は記録を見比べた。
二十年前。
四十年前。
六十年前。
いずれも、夏の低温と長雨によって麦の収穫が大幅に減少していた。
「ですが、先生」
悠真が顔を上げた。
「これだけで五年後に必ず凶作が来るとは言えませんよね?」
エドガーは頷いた。
「その通りです」
そして、静かに続けた。
「しかし、来ないと決めつけることもできません」
悠真は黙った。
「……なるほど」
確実ではない。
だが、無視するには危険すぎる。
悠真は、しばらく考えていた。
そして、「……まず、食料を数えましょう」
エドガーが首を傾げた。
「食料を?」
「はい」
悠真は紙を取り出した。
「王国に、どれだけ食料があるのか」
「一年で、どれだけ収穫できるのか」
「国民が、どれだけ食べるのか」
「備蓄は、何か月分あるのか」
エドガーは目を見開いた。
「……王国全土を調べるのですか?」
悠真は頷いた。
「はい」
そして、「足りなくなってから数えても、遅いですから」
悠真は調査項目に、農家の種子、商会の在庫、輸送に使える馬車、傷んだ穀物を加えた。
「二十年周期は予言ではありません」とエドガーが言った。
「はい。だからこそ、いつ来ても困らないように調べるんです」
数週間後。
王宮。
「……全国食料調査?」
国王アルベルト三世が尋ねた。
悠真は頷いた。
「はい」
「王国中の倉庫を調べるのか?」
「それだけではありません」
悠真は説明した。
「農家の備蓄、農業組合の共同倉庫、商会の在庫、軍の食料、すべてです」
大臣たちがざわめいた。
「……そんな大規模な調査を?」
「費用がかかりすぎる!」
「商人たちが反発しますぞ!」
悠真は頷いた。
「分かっています」
そして、続けた。
「だから、最初は地域ごとの集計で構いません」
国王は考え込んだ。
「……なぜ、そこまでする?」
悠真は答えた。
「十年前、王国では食料があるのに飢えている人がいました」
国王の表情が変わった。
悠真は続けた。
「同じことを、二度と繰り返したくないんです」
長い沈黙。
そして、国王は頷いた。
「……よかろう」
大臣たちが顔を上げた。
「陛下!?」
国王は続けた。
「全国食料調査を命じる」
さらに。
「ただし、調査を理由に農民の種芋や生活用の食料を勝手に徴発してはならん」
悠真は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
こうして。
アルディナ王国史上初となる、全国規模の食料備蓄調査が始まった。
しかし、調査が始まって一か月後。
王宮へ届けられた最初の報告書には、予想外の数字が記されていた。
【王国全体の推定食料備蓄】
【通常消費量の約四か月分】
悠真は、その数字を見つめた。
「……四か月?」
豊かになったはずの王国。
だが、収穫が途絶えれば。
わずか四か月で、備蓄が尽きる計算だった。
「王都には六か月分ある」と大臣が言った。
「では北の村は?」
問い返すと、誰も答えられなかった。
国全体の平均は、道路が雪で塞がれた村の空腹を隠してしまう。
悠真は報告書の最初の頁に書き加えた。
『総量だけでなく、地域ごとの日数を示すこと』。
数字を数える仕事が、初めて命を守る仕事になった。




