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飢えた王国 IF ~五個のジャガイモから始める、誰も飢えない国づくり~  作者: レモンティー


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第六十二話 十年前は敵同士だった二つの王国が、今では食料を送り合うようになっていた

十年後。

アルディナ王国。

春。

ベルナ村。

「……今年も、いい芽がそろいましたね!」

若い農業技術者が、春の畑を見つめていた。

悠真は頷いた。

「そうですね」

目の前には、広大な農地が広がっていた。

ジャガイモ。

トウモロコシ。

麦。

豆。

野菜。

さまざまな作物が、地域の気候に合わせて栽培されていた。

農業組合は、王国全土に広がっていた。

種子の品質管理。

農業技術の普及。

共同販売。

食料備蓄。

災害時の相互支援。

その仕組みは、少しずつ整えられていた。

もちろん。

不作がなくなったわけではない。

干ばつ。

長雨。

病害。

洪水。

毎年、どこかで問題が起きていた。

だが、以前とは、大きく違うことがあった。

一つの村が不作になっても、ほかの村から食料が届くようになっていた。

ヴァルシア王国。

北部農業開拓地。

「……今年のジャガイモも、よく芽が出た!」

元兵士の男が笑った。

隣には、ルドルフ・ベルナーが立っていた。

「……そうだな」

ルドルフは頷いた。

十年前。

この土地は、石だらけの荒れ地だった。

元兵士たちは、鍬の持ち方すら知らなかった。

だが、今では、立派な農村になっていた。

畑。

水路。

貯蔵庫。

家々。

そして、学校。

子供たちが、元気に走り回っていた。

「……ルドルフさん!」

一人の少年が駆け寄ってきた。

「今年は、ジャガイモを何個植えるんですか?」

ルドルフは笑った。

「種芋の重さと畑の広さで決めるんだ」

少年は首を傾げた。

「……重さ?」

「そうだ。植えればいいというものではない」

ルドルフは続けた。

「水も、肥料も、畑の状態も大切なんだ」

少年は頷いた。

「……なるほど!」

ルドルフは、少年の頭を撫でた。

そして、遠くの畑を見つめた。

「……十年前は」

小さく呟いた。

「俺たちは、食料を奪うために国境を越えた」

隣の元兵士が頷いた。

「……ああ」

ルドルフは続けた。

「でも、今は違う」

その視線の先。

大きな荷馬車が、国境へ向かっていた。

積まれているのは、ヴァルシア王国で前年に収穫され、共同倉庫で冬を越した麦と豆。

今年の芽が出そろったばかりの畑からではない。

届け先は、雪解けの遅いアルディナ王国北部だった。

「……今は、食料を届けるために国境を越える」

ルドルフは微笑んだ。

アルディナ王国。

国境の共同倉庫。

二つの王国の係官が、荷車の前で帳簿を突き合わせていた。

「ヴァルシアからの麦は、北部の不足地域へ回す。アルディナから返す豆は、今年の収穫を確かめてから数量を決めよう。今はまだ約束だけだ」

若い係官が読み上げると、護衛についていた年配の兵士が顔を曇らせた。

「十年前、この街道で仲間を失った。敵国の荷車を通す日が来るとはな」

ルドルフは兵士の目を見た。

「忘れろとは言わない。だが、今この荷を止めれば、あちらでもこちらでも子供が腹を空かせる」

兵士はしばらく黙り、槍を脇に寄せた。

「……通れ。ただし、積荷は帳簿どおりか確かめさせてもらう」

「もちろんだ」とルドルフが答えた。

倉庫の扉には両国の印章があり、双方の担当者が鍵を持っていた。

片方だけでは備蓄を動かせない。

それは不信の名残でもあり、互いを守る約束でもあった。

アルディナ側の倉庫に着いた荷は、そこで行き先別に積み替えられた。

北部の山道はまだ雪解け水でぬかるみ、荷車が最後まで通れる保証はない。

悠真は、荷車が国境を越えるのを見送った。

平和は、互いを好きになることから始まるとは限らない。

約束を守り、荷を届ける。

その繰り返しが、溝を少しずつ埋めていく。

数日後。

アルト村の農業組合事務所。

国境から戻った悠真を、エリクが報告書を広げて迎えた。

「王都の数字は良くなった。でも、この村には雪解けが遅くて荷車が入れない」

「食料はどこまで来ている?」

「麓の倉庫まで。残りは人が背負って運ぶしかない」

悠真は地図に赤い印を付けた。

「近隣の村に運び手を頼もう。運賃と必要日数も記録して、来年の計画に残す」

エリクは頷いた。

十年かけて二人が覚えたのは、豊作を喜ぶだけでは食卓は満たせないということだった。

その日の仕事を終え、エリクが家の前まで戻ると、扉が開いた。

「……お兄ちゃん!」

クリスが、家の中から呼びかけた。

「何だ?」

エリクが振り返った。

クリスは、すっかり大人になっていた。

「お母さんが、夕食できたって!」

エリクは笑った。

「……分かった!」

家へ戻ると、母親が食卓を整えていた。

ジャガイモの煮込み。

麦のパン。

豆のスープ。

そして、季節の野菜。

「……おかえり」

母親が微笑んだ。

エリクは、静かに答えた。

「……ただいま」

母親の髪には、白いものが増えていた。

だが、元気だった。

十年前。

飢えで命を落としかけた人。

本来なら、もうこの世にいなかったはずの人。

その母親が、今も食卓に立っている。

エリクは、椅子に座った。

「……母さん」

「なあに?」

「……ありがとう」

母親は笑った。

「……また?」

エリクも笑った。

「……何度でも言うよ」

クリスが笑った。

「お兄ちゃん、そればっかり!」

三人は笑った。

その夜。

アルト村には、温かい食事の香りが漂っていた。

王都アルディア。

王宮。

国王アルベルト三世は、農業報告書を読んでいた。

『王国全体の食料供給は、十年前と比較して大幅に改善』

『地域間の食料輸送網が整備』

『備蓄制度の拡充』

『農業組合の全国展開』

『ヴァルシア王国との農業技術交流が継続』

国王は、静かに微笑んだ。

「……よくぞ、ここまで」

そして、「高橋悠真を呼べ」

大臣が頭を下げた。

「承知しました」

数日後。

王宮。

「……悠真」

国王が呼びかけた。

「はい」

悠真は頭を下げた。

国王は微笑んだ。

「十年前、お前は五個のジャガイモと百粒のトウモロコシを持って、この世界へ来たそうだな」

悠真は頷いた。

「はい」

「その小さな種が、二つの王国を変えた」

悠真は首を振った。

「俺だけの力ではありません」

国王は頷いた。

「分かっている」

悠真は続けた。

「村人たちが畑を耕して、農業技術者が研究して、商人たちが食料を運んだからです」

国王は微笑んだ。

「……そうだな」

そして、「お前に、何か望みはあるか?」

悠真は、しばらく考えた。

王国の爵位。

土地。

金。

名誉。

望めば、何でも手に入るかもしれない。

だが、悠真は、静かに答えた。

「……ベルナ村へ帰りたいです」

国王は驚いた。

「……ベルナ村?」

「はい」

悠真は笑った。

「まだ、試したい作物があるんです」

国王は、しばらく黙っていた。

そして、大きく笑った。

「……ははは!」

大広間に、笑い声が響いた。

「十年たっても、変わらぬな!」

悠真は苦笑した。

「……すみません」

国王は首を振った。

「謝るな」

そして、静かに言った。

「お前が畑を耕したからこそ、この国は変わったのだ」

悠真は、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

数週間後。

ベルナ村。

悠真は、最初にジャガイモを植えた畑へ戻ってきた。

そこには、小さな石碑が建てられていた。

【この地に、最初のジャガイモが植えられた】

【五個の種芋と百粒のトウモロコシから、王国の農業改革は始まった】

悠真は、しばらく石碑を見つめていた。

「……大げさだな」

隣にいたハインツが笑った。

「そうか?」

「はい」

悠真は苦笑した。

「俺は、ただ食べ物を増やしたかっただけです」

ハインツは頷いた。

「……それが、大事だったんだろう」

悠真は、畑を見つめた。

十年前。

ここには、ほとんど何もなかった。

飢え。

不安。

絶望。

そして、わずかな希望。

だが、今は違う。

子供たちが走り回っている。

農民たちが笑っている。

倉庫には、冬を越すための食料がある。

そして、遠くの国境では、かつて敵だった人々が食料を送り合っている。

悠真は、静かに呟いた。

「……よかった」

ハインツが尋ねた。

「何がだ?」

悠真は答えた。

「……この世界に来て、よかったです」

ハインツは微笑んだ。

「……そうか」

春の風が、畑を吹き抜けた。

ジャガイモの葉が揺れる。

トウモロコシが育つ。

麦が穂をつける。

それからしばらく、悠真はベルナ村で農作業を続けた。

各地の倉庫から届く報告には、豊作の数字と同じくらい、届かなかった荷の記録も残されていた。

その一行を見落とさないことが、十年前にはなかった仕事になっていた。

だが、悠真はまだ知らなかった。

王都の書庫で、古い気象記録を調べていた一人の学者が、奇妙な周期を発見していたことを。

『過去百年の大凶作発生年』

『およそ二十年前後の間隔で、広域的な冷害が繰り返されている』

『直近の大凶作から十五年』

学者は年代を何度も照合した。

周期にはばらつきがあり、五年後と断言できる根拠はない。

それでも、備蓄計画を見直す理由としては十分だった。

「……次の五年が危ない」

学者は報告書の表題に、震える手で記した。

【広域冷害の再来に備える緊急提言】

十年前。

一人の異世界人が、飢えた王国を救った。

だが、本当の試練は、まだ終わっていなかった。

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