第五十八話 隣国の農業が成功したので、アコギが国境に巨大な市場を作り始めた
アルディナ王国とヴァルシア王国の国境。
かつて、十万の軍勢が集結した平原。
そこに、巨大な建物が建設され始めていた。
「……何だ、あれ?」
エリクが尋ねた。
悠真は、建設現場を見つめた。
「……市場みたいだね」
カールが頷いた。
「ヴァレン商会の計画らしい」
エリクは顔をしかめた。
「……またアコギか」
悠真は苦笑した。
「そうみたい」
現場には、大勢の職人が働いていた。
倉庫。
荷車置き場。
商店。
宿屋。
そして、巨大な穀物取引所。
看板には、こう書かれていた。
【アルディナ・ヴァルシア国境交易市場】
【運営 ヴァレン商会】
エリクが呟いた。
「……すごい規模だな」
悠真は頷いた。
「うん」
そのとき。
アコギ本人が現れた。
「……おや、高橋悠真君」
悠真は振り返った。
「アコギさん」
工事現場の隅で、アコギは職人の賃金台帳を眺めていた。
「市場ができれば、荷車も宿屋も増える。農民だけの話ではない」
悠真は頷いた。
「便利になるのは確かです」
「なら、何が不満だ」
「入口を一つにして、鍵を一人で持とうとしていることです」
アコギは薄く笑った。
「維持費を払う者には、権利が必要だ」
「権利と独占は別です。橋を渡る人全員に、あなたの許可が要るようになったら困る」
アコギは返事をせず、建設中の屋根を見上げた。
自分が用意した便利さを、誰もが使いたくなる。
その確信があるからこそ、彼は規則を手放すつもりがなかった。
アコギは微笑んだ。
「久しぶりだね」
エリクは警戒した。
「……何を企んでいるんだ?」
アコギは笑った。
「企むとは失礼だな」
そして、建設現場を指さした。
「見たまえ。これからは、戦争ではなく交易の時代だ」
悠真は頷いた。
「それは、いいことですね」
アコギは微笑んだ。
「そうだろう?」
そして、「両国の農産物を、ここで取引する」
「アルディナのジャガイモ」
「ヴァルシアの麦」
「トウモロコシ」
「豆」
「保存食」
アコギは両手を広げた。
「すべてを集める巨大市場だ!」
エリクは眉をひそめた。
「……でも、商会が全部管理するのか?」
アコギは頷いた。
「当然だ」
悠真が尋ねた。
「……手数料は?」
アコギは微笑んだ。
「取引額の一割だ」
エリクが叫んだ。
「……一割!?」
「倉庫の維持費も、警備費も、輸送設備も必要だからね」
悠真は、しばらく考えた。
確かに。
市場を運営するには費用がかかる。
だが、国境の交易を一つの商会だけが支配すれば、農民たちは不利になるかもしれない。
「……アコギさん」
悠真は静かに言った。
「市場を作ること自体は、いいと思います」
アコギは微笑んだ。
「そうだろう?」
「でも、ほかの商人や農業組合も、自由に取引できるようにしてください」
アコギの笑顔が、少しだけ固まった。
「……何?」
悠真は続けた。
「一つの商会だけが価格を決める市場では、農民たちが困ります」
沈黙。
アコギは、しばらく悠真を見つめていた。
そして、「……君は、相変わらず面倒な男だな」
静かに笑った。
悠真も笑った。
「よく言われます」
だが、その夜。
アコギは、国境市場の計画書を書き換えていた。
【市場利用規則】
【取引許可制度】
【倉庫利用契約】
【指定輸送業者制度】
そして、アコギは輸送費の見積書を机に広げた。
市場の屋根も、倉庫も、荷車も、維持するには金がかかる。
だからこそ、客を逃すわけにはいかなかった。
「許可証を持たない者は売れない。それで秩序が保てます」
部下の説明に、アコギは頷きかけた。
だが、ふと窓の外に目をやる。
街道を行く農民の荷車は、みな泥に汚れていた。
「秩序、か」
その言葉が誰のためのものなのか、今はまだ考えなかった。
最後に、一つの項目を追加した。
【農業組合の直接取引制限】
アコギは、静かに微笑んだ。
「……市場を作る者が、ルールを決めるのだよ」




