第五十五話 雨が降らないので土地改良スキルを使ったら、水がないことは解決できなかった
ヴァルシア王国南部。
「……雨が降らない」
悠真は、空を見上げた。
青空。
雲一つない。
三週間、まとまった雨が降っていなかった。
畑の土は乾き、トウモロコシの葉が丸まっていた。
「……悠真さん」
ルドルフが尋ねた。
「土地改良のスキルで、何とかなりませんか?」
悠真は、しばらく考えた。
そして、「……試してみます」
畑の一角に手をかざした。
「土地改良」
淡い光が広がった。
硬く締まっていた土が、少しずつほぐれていく。
土の構造が改善され、水が染み込みやすくなる。
だが、「……あれ?」
ルドルフが首を傾げた。
「作物は、元気になりませんね」
悠真は頷いた。
「……そうですね」
土地改良は、土の状態を改善するスキルだ。
水そのものを生み出すわけではない。
「……やっぱり」
水路の予定地に杭を打つと、老人が悠真を呼び止めた。
「その川は、夏には膝までしか水がないぞ」
悠真は流量の見積もりを書き直した。
「今の水量で全畑に回せば、下流で足りなくなります」
ルドルフが顔をしかめる。
「では、何のための水路です」
「全部を救うためではなく、枯れかけた畑から順番に救うためです」
悠真は農民に尋ねた。
「飲み水を優先して、畑は時間を区切って使う。それでも足りない場所は、播き直す作物を選びましょう」
誰も喜ばなかった。
だが、誰かにだけ都合のいい約束をしないことが、今は必要だった。
悠真は、乾いた土を握った。
「水がなければ、作物は育ちません」
ルドルフは、空を見上げた。
「……では、どうすれば」
悠真は地図を広げた。
「近くに川はありますか?」
「あります。ただし、村から五キロほど離れています」
「……五キロ」
悠真は考え込んだ。
「水路を引けるか、調べましょう」
ルドルフが驚いた。
「……水路?」
「はい」
悠真は続けた。
「ただし、川の水を勝手に大量に取るわけにはいきません。下流の村にも必要ですから」
ルドルフは頷いた。
「……なるほど」
二人は、川まで歩いた。
川幅。
水量。
高低差。
周辺の土地。
すべてを確認した。
「……ここなら」
悠真が呟いた。
「小さな用水路を作れるかもしれません」
ルドルフは目を輝かせた。
「……本当ですか?」
「はい。ただし、工事には時間がかかります」
その日。
元兵士たちが集められた。
「……今度は水路か!」
一人の男が笑った。
「戦争が終わったと思ったら、仕事ばかりだな!」
別の男が答えた。
「でも、こっちの仕事の方がいい」
「……どうして?」
男は笑った。
「掘った穴から、敵兵が出てこないからな!」
周囲に笑い声が広がった。
こうして。
元兵士たちは、鍬とシャベルを手に水路を掘り始めた。
数週間後。
小さな水路に、初めて水が流れた。
「……来た!」
ルドルフが叫んだ。
水が、ゆっくりと畑へ向かって流れていく。
元兵士たちが歓声を上げた。
悠真は、ほっと息を吐いた。
「……よかった」
そのとき。
一人の老人が、静かに言った。
「……戦争で壊れたものを、今度は作り直しているんだな」
悠真は頷いた。
「……そうですね」
水は、畑へ流れていった。
夕方、隣国の畑から戻る途中で、ルドルフは一人の元兵士に呼び止められた。
「俺たちの村にも種は来るのか」
「順番に届ける」
「前にもそう言われた。戦争中、補給の荷車は一度も来なかった」
ルドルフは言葉を飲み込んだ。
軍の命令を伝えるのと、信じてもらうのは違う。
「なら、荷車が着く日を掲示しよう。遅れたら理由も書く。俺の名で責任を持つ」
元兵士はしばらく彼を見てから、短く頷いた。
「今度は、待ってみる」
その言葉の重さを、ルドルフは忘れなかった。
だが、その水路が、次の問題を引き起こすことになる。




