第五十話 ジャガイモだけに頼るのをやめたら、王国の農業が大きく変わり始めた
翌春、ベルナ村の広場に畑の地図が広げられた。
「今年は作物を分けて育てます」と悠真が言った。
「ジャガイモ、トウモロコシ、麦、豆。土と水に合わせて、まず小さな試験区を作りましょう」
若い農民が手を挙げた。
「去年は芋が一番売れたんです。豆を植えたら収入が減ります」
「その可能性はあります。だから村全体を一度に変えません。収穫量だけでなく、売れた値段も記録します」
ハインツが頷いた。
「失敗した畑も残すのだな」
「はい。成功例だけ集めても、次に困る人を救えません」
エリクが地図の端を指した。
「ここは水が溜まる。去年、芋が腐った畑だ」
「排水を直すまでは別の作物を試そう」
農民の一人、ベルトは小さな区画に豆を植えた。
芋ばかり作るより危険が減るという説明を信じたのだ。
だが、雨が少ない週が続き、豆の芽は伸びなかった。
「言われた通りにしたのに!」
ベルトは乾いた土を握りしめた。
「芋なら少しは採れたかもしれない」
悠真は畑に膝をついた。
根を掘り、土の硬さを確かめた。
「この畑では、水が足りなかった。試験の場所の選び方が間違っていました」
「俺の失敗じゃなくて、あんたの失敗だって言うのか」
「はい。勧めたのは俺です。収穫が減った分の扱いも、皆で決めたい」
ベルトはすぐには頷かなかった。
会議では反発が起きた。
「試験した人だけ補償したら、何もしなかった人が損する」
「でも、村のために試したんだろう」
エリクは帳簿を開いた。
「種と労働を全部返すのは無理だ。でも、試験区の損失は皆で決めた上限まで積立金から支えよう。来年は土と水を調べてから作物を決める」
補償額は十分ではなかった。
ベルトは「来年は自分で決める」と言い、悠真は「それでいい」と答えた。
夏にはほかにも失敗があった。
虫に食われた麦畑、湿気で傷んだ豆の倉庫。
成功した区画の記録だけでは、村の実態は分からなかった。
秋。
芋の収穫は前年より少なかったが、麦と豆、トウモロコシが不足分を補い、村全体の食料は安定した。
「一つが駄目でも、全部はなくならない」とエリクが言った。
「でも、全員が助かったわけじゃない」
翌朝、芋の栽培面積を減らした農家が訪ねてきた。
「今年は食べ物に困らなかった。でも、去年の借金が返せない。売れる芋が減ったから」
ハインツの笑みが消えた。
悠真は帳簿を開き、収穫量の欄の隣に新しい項目を書いた。
【販売価格】【運送費】【借入返済】【家族に残る食料】
「村全体の食料が増えても、一軒ずつの暮らしが守られるとは限らないんだ」
「だったら家ごとに聞こう」とエリク。
「試験に参加した家も、しなかった家も」
ベルトが入口に立っていた。
「俺の失敗も、書いてくれ。次に豆を植える奴が、同じ目に遭わないように」
悠真は頷き、帳簿の最初のページに彼の畑の土の状態を書き込んだ。
ハインツが呟いた。
「ようやく、農家の帳簿になったな」




