第四十七話 農業組合に大金を寄付すると言われたので、悠真が受け取りを断った
ベルナ村。
農業協同組合の事務所。
「……銀貨一万枚!?」
エリクが叫んだ。
目の前には、ヴァレン商会の使者が座っていた。
使者は微笑んだ。
「はい。組合の発展のため、当商会から寄付を申し出ます」
ハインツは目を丸くした。
「……そんな大金を?」
「もちろんです」
使者は続けた。
「農業の発展は、王国全体の利益になりますから」
悠真は、静かに尋ねた。
「……条件は?」
使者の笑顔が、わずかに固まった。
「条件?」
「はい。何かあるんですよね?」
使者は咳払いをした。
「……組合の運営に、当商会の代表者を参加させていただきたいのです」
悠真は頷いた。
「なるほど」
使者は続けた。
「さらに、共同販売する作物について、当商会に優先的な買い取り権を……」
「お断りします」
悠真は即答した。
使者が固まった。
「……え?」
「お断りします」
悠真は、もう一度言った。
「組合は、農民が自分たちで運営するために作ったものです」
使者は慌てた。
「しかし、銀貨一万枚ですよ!?」
悠真は頷いた。
「大金です」
「ならば!」
「でも、その代わりに運営権を渡したら、組合を作った意味がありません」
沈黙。
ハインツも頷いた。
「……その通りだ」
エリクも言った。
「俺たちは、借金で畑を失う農民を減らしたいんです」
使者は顔をしかめた。
「……では、寄付は不要だと?」
悠真は答えた。
「条件のない寄付なら、組合員の総会で検討します」
そして、笑った。
「でも、組合の運営権は売りません」
使者は、しばらく黙っていた。
そして、立ち上がった。
「……分かりました」
深く頭を下げた。
「商会へ報告いたします」
使者が帰った後も、会議室には重苦しい沈黙が残った。
「断ってよかったのか」
ある組合員が言った。
「うちの水路は、あの金があれば直せた」
悠真は即答しなかった。
「……困っている村があるのは分かっています」
「なら、なぜ」
「お金を出した人が、収穫の売り先まで決めるなら、借金の代わりに組合ごと縛られます」
エリクが立ち上がった。
「じゃあ、俺たちで水路の費用を出そう。足りない分は、工事を分けて来年も続ければいい」
「それでは遅い」
「遅くても、自分たちで決めたい」
議論の末、組合は臨時の共同積立と工事の優先順位を決めた。
誰も歓声を上げなかった。
銀貨一万枚を断るのは、格好いいだけの決断ではない。
悠真は議事録に書いた。
『寄付は拒否。
水路修繕は三期に分割』
自由には、目に見える費用がかかる。
その費用を皆で引き受けることが、組合の始まりだった。
使者の馬車が見えなくなると、エリクは議事録に視線を落とした。
「自分たちで決める権利か。……守るのは、簡単じゃないな」
「うん。でも、守る価値はある」
悠真は、修繕を待つ村の名前をもう一度確かめた。
翌朝、修繕が延期された村から使者が来た。
怒鳴られると思っていた悠真に、男は泥のついた図面を差し出した。
「三期に分けるなら、一番崩れやすいここだけは先に直してくれ」。
悠真は頷き、予定を引き直した。
拒否した寄付の代金は、議論の時間と、自分たちで背負う手間になって返ってきた。
王都。
ヴァレン商会。
「……断られた?」
アコギが尋ねた。
使者は頭を下げた。
「はい」
「銀貨一万枚でも?」
「はい」
アコギは、しばらく黙っていた。
そして、「……高橋悠真」
小さく呟いた。
「やはり、あの男が邪魔だな」
その目は、笑っていなかった。




