第四十三話 戦争が終わったので畑を増やそうとしたら、種芋の値段が三倍になっていた
春。
ベルナ村。
「……おかしい」
悠真は、商人から渡された価格表を見つめていた。
「どうした?」
ハインツが尋ねた。
「種芋の値段です」
「種芋?」
「去年の三倍になっています」
ハインツは目を丸くした。
「……三倍!?」
「はい」
悠真は価格表を指さした。
【ジャガイモ種芋 一袋 銀貨三枚】
【前年価格 銀貨一枚】
【トウモロコシ種子 一袋 銀貨二枚】
「……何だ、これは」
ハインツが呟いた。
「戦争が終わったのに、なぜ高くなる?」
悠真も首を傾げた。
「……分かりません」
そのとき。
商人が口を開いた。
「今年から、種芋の販売はヴァレン商会が一括して扱うことになりまして」
悠真が顔を上げた。
「……ヴァレン商会?」
「はい」
商人は続けた。
「品質を保証するため、指定された種芋を購入する仕組みになったそうです」
ハインツは眉をひそめた。
「……自分の畑で採れた芋を、来年の種にしてはいかんのか?」
「それは……」
商人は言葉を濁した。
「商会との契約によります」
悠真は、すぐに理解した。
アコギだ。
戦争が終わり、食料価格が下がった。
だから、今度は種芋を売ることで利益を得ようとしている。
「……なるほど」
悠真は静かに呟いた。
ハインツが尋ねた。
「どうする?」
村の集会では、三倍の価格を聞いた農民たちが口々に叫んだ。
「買わなければ春に植えられん!」
「去年の芋を残してある家もあるぞ」
悠真はそこで、種芋を見せてもらった。
湿った箱に詰められた芋には、柔らかくなったものが混じっていた。
「残した芋なら何でもいいわけじゃない。傷みや病気の疑いがあるものは分けないでください」
市場でエリクは、種芋の値札を見て立ち尽くした。
「三倍では、貧しい家ほど来年植えられない」
悠真は買い占めを禁止するだけでは足りないと考えた。
村の共同倉庫から貸し出す種芋を確保し、収穫後に同じ量を返す仕組みを提案した。
「不作だったら?」
「そのときは返せない理由を調べる。借金で畑を失わせるための制度にはしない」
約束は紙に書かれ、誰でも読める場所に貼られた。
ハインツは唇を噛んだ。
「安く済ませても、畑ごと駄目にしたら意味がないか」
悠真は頷いた。
「村で使う分を確保し、健全な種を選んで、足りない分だけ買う。値段を下げる交渉も必要です」
村人たちは、種芋の数を家ごとに持ち寄って記録した。
商会が握っているのは商品だけではない。
何がどれだけ必要かという情報も、商会の力になっていた。
悠真は、村自身がその数字を持つことから始めた。
悠真は答えた。
「まず、契約を確認しましょう」
「契約?」
「はい。商会が種芋を売っていることと、農民が自分の種芋を使えないことは別です」
ハインツは頷いた。
「確かにな」
悠真は続けた。
「それから、村に残っている種芋を調べます」
ベルナ村では、毎年、収穫したジャガイモの一部を翌年の種として保存していた。
暗く涼しい貯蔵庫。
定期的な点検。
傷んだものの除去。
すべて、悠真が村人たちに教えた方法だった。
もちろん、長期間保存すれば発芽や腐敗が進む。
そのため、植え付け時期に合わせて健康な種芋を確保していた。
「……まだ、十分にありますね」
悠真が言った。
ハインツは頷いた。
「ああ。今年の分は足りる」
悠真は笑った。
「だったら、商会から買う必要はありません」
その言葉に、村人たちが歓声を上げた。
だが、翌日。
ベルナ村に、一通の手紙が届いた。
差出人は、ヴァレン穀物商会。
そこには、こう書かれていた。
『貴村で栽培されている新作物について、当商会との既存契約に基づく種芋および種子の取り扱いを確認したい』
ハインツは顔をしかめた。
「……何だ、これは」
悠真は手紙を読み直した。
三年前。
アコギと交わした、最初の取引。
その契約が、今になって問題になろうとしていた。




