第四十一話 食料を配ったら戦争が終わりそうになったので、両国の将軍が困り始めた
国境。
ヴァルシア王国軍。
「……食料が届いた?」
ルドルフ中尉が驚いた。
補給担当官が頷いた。
「はい。アルディナ王国との協議により、帰国準備中の部隊へ食料が供給され始めています」
「……本当に?」
「はい。ただし、量は限られています」
ルドルフは、深く息を吐いた。
「……それでも、ありがたい」
兵士たちは、久しぶりに温かい食事を口にしていた。
乾燥トウモロコシの粥。
ジャガイモの煮込み。
麦のパン。
一人の兵士が呟いた。
「……これで、帰れるのか」
隣の兵士が答えた。
「まだ分からん」
「……そうか」
「でも、少なくとも、戦う理由は減った」
その言葉に、周囲の兵士たちは頷いた。
一方。
ハインリヒ将軍の司令部。
「……何だと!?」
将軍は怒鳴った。
「敵国から食料を受け取っているだと!?」
副官が頭を下げた。
「はい。停戦を求める部隊が、帰国のための食料を受け取っています」
「裏切り者どもめ!」
将軍は机を叩いた。
「敵から施しを受けるなど!」
副官は静かに答えた。
「……将軍」
「何だ!」
「兵士たちは、飢えています」
「だから何だ!」
「食料がなければ、戦えません」
ハインリヒは黙った。
副官は続けた。
「そして、食料が手に入るなら、戦う必要もなくなります」
長い沈黙。
将軍は、拳を握った。
「……それでは、何のために軍を動かしたのだ」
副官は答えた。
「……食料を確保するためです」
その言葉に、将軍は何も言えなかった。
食料を受け取った兵士の中には、故郷の村が焼けた者もいた。
「帰っても畑がない」
ルドルフは、その言葉を報告書の最初に書いた。
撤退命令だけでは戦争は終わらない。
帰国後に飢えれば、兵士たちはまた武器を取る。
一方、カールの司令部にも不満が届いていた。
「敵兵に食べさせる前に、こちらの村を救え」
カールは反論しなかった。
「その通りだ。だから、敵軍への供給量も、我が国の備蓄も公開する」
悠真は二つの表を並べた。
帰国までの必要量と、国内の最低備蓄。
どちらか一方を削り過ぎれば、次の争いを生む。
「将軍に見せるのは、ジャガイモだけじゃない」
悠真は言った。
「戦わずに帰る道が、数字で成り立つことを見せるんです」
アルディナ王国。
国境の砦。
カールは、悠真とエリクに報告した。
「……停戦協議が進んでいる」
エリクの目が輝いた。
「……本当に?」
「ああ」
カールは頷いた。
「敵軍の一部が、帰国準備を始めている」
悠真は、ほっと息を吐いた。
「……よかった」
だが、カールは続けた。
「問題は、ハインリヒ将軍だ」
エリクの表情が曇った。
「……まだ戦うつもりなのか?」
「ああ」
カールは頷いた。
「将軍は、停戦を認めていない」
悠真は考え込んだ。
「……どうすれば」
そのとき。
エリクが口を開いた。
「……将軍にも、食料を渡せばいいんじゃないか?」
カールが驚いた。
「……何?」
エリクは続けた。
「将軍だって、食料が欲しくて戦争を始めたんだろ?」
悠真は頷いた。
「……そうだね」
エリクは言った。
「だったら、戦争をしなくても食料を確保できる方法を見せれば……」
カールは、しばらく考えていた。
そして、「……試す価値はあるかもしれん」
静かに答えた。
こうして。
ハインリヒ将軍本人との交渉が、検討されることになった。
停戦案には、兵の撤収日だけでなく、三つの条件が加えられた。
村の穀物を徴発しないこと。
負傷者を敵味方で分けずに運ぶこと。
帰還部隊へ渡した食料の数量を両国の立会人が記録すること。
停戦の文書には、村からの徴発禁止、負傷者の搬送、帰還部隊の食料受領記録が書き加えられた。
握手だけで戦争が終わるわけではない。
約束が破られたとき、誰が調べ、誰が責任を負うのか。
カールとルドルフはその条項を最後まで譲らなかった。
「信用できるのか」とカールが問うと、ルドルフは答えた。
「信用しなくても確認できるようにする。それが必要です」
悠真は二人の間に帳簿を置いた。
戦争を終わらせるのは、一度の握手ではない。
翌日にも守られる約束なのだ。




