第三十五話 敵軍十万人を帰国させるには食料が必要なので、悠真が王都へ向かった
翌朝。
悠真はカールのもとを訪れた。
「……王都へ行きたいんです」
カールが顔を上げた。
「王都?」
「はい」
「何のために?」
悠真は紙を広げた。
そこには、敵軍の帰国に必要な食料の概算が書かれていた。
「ヴァルシア軍を帰国させるためです」
カールは眉をひそめた。
「……帰国?」
「はい。停戦しても、食料がなければ十万人は動けません」
カールは頷いた。
「……確かにな」
悠真は続けた。
「帰国まで十日かかると仮定すると、兵士の食料だけでも乾燥穀物換算で七百トン程度必要です」
「……七百トン」
「実際には経路や行軍速度によって変わりますし、馬の飼料なども必要です」
カールは考え込んだ。
「……それほどの量を、どこから?」
悠真は答えた。
「王都です」
「……王都?」
「はい。王都には、穀物商会の巨大な倉庫があります」
カールの表情が険しくなった。
「……アコギか」
悠真は頷いた。
「彼の商会が、かなりの食料を保管しているはずです」
「……だが、商会が簡単に渡すとは思えん」
「分かっています」
悠真は続けた。
「だから、国王にお願いするんです」
カールは驚いた。
「……国王に?」
「はい」
悠真は真剣な顔で言った。
「戦争を終わらせるために、王国の備蓄と商会の在庫を調べてほしいんです」
カールは、しばらく黙っていた。
そして、王都へ出発する前夜、悠真は必要量の計算を何度もやり直した。
十万人。
十日。
兵士が歩ける最低限の食料。
だが、数字を小さくしても、荷車が増えるわけではない。
「七百トンを一度に運ぶなんて、無理じゃないか」
エリクの問いに、悠真は頷いた。
「無理だ。だから行軍経路を分けて、途中の補給地点にも備蓄を置く必要がある」
「それを誰が守る?」
「両国の兵士が、共同で」
口にした瞬間、悠真自身も難しさを感じた。
昨日まで殺し合っていた兵士に、同じ倉庫の鍵を持たせるのだ。
カールは地図に三つの印を付けた。
「交渉するなら、ここだ。街道の橋、河港、国境の倉庫。食料があっても運べなければ飢える」
悠真は初めて、畑から食卓までの距離を、戦争の長さとして実感した。
「……分かった」
立ち上がった。
「私も同行しよう」
「本当ですか?」
「ああ。軍の補給問題でもあるからな」
エリクも進み出た。
「俺も行く!」
悠真が振り返った。
「エリク?」
「俺も、王都を見てみたい」
そして、静かに言った。
「食料がどこにあるのか、自分の目で確かめたい」
カールは頷いた。
「……よし」
こうして。
悠真、エリク、カールの三人は、王都へ向かうことになった。
出発の日。
エリクの母親が、小さな包みを渡した。
「……これ、持っていきなさい」
中には、茹でたジャガイモと、乾燥トウモロコシで作った焼き菓子が入っていた。
「……母さん」
「道中で食べるのよ」
クリスも笑った。
「お兄ちゃん、ちゃんと帰ってきてね!」
エリクは頷いた。
「……もちろん」
母親は、息子の手を握った。
「無理をしないで」
「……分かってる」
そして、悠真は出発前、帰還する兵の補給計画を最後まで確認していた。
悠真は、帰還する兵を一斉に動かす案に首を振った。
「街道の井戸と村の食料では支えきれません。部隊を分け、出発日をずらしましょう」
カールは補給所を地図に記し、ルドルフは自軍の負傷者数を報告した。
敵国の将校と王国軍の将校が、初めて同じ表に数字を書いた。
平和は宣言だけでは届かない。
歩いて帰れる道が必要だった。
打ち合わせを終えた三人を乗せ、馬車は王都へ向かって走り出した。




