第三十三話 十万の敵兵が飢え始めたので、将軍より先に補給部隊が降伏した
ヴァルシア王国軍。
国境から十キロほど離れた補給陣地。
「……もう無理だ」
一人の兵士が、空になった食料袋を見つめていた。
「昨日の配給は?」
隣の兵士が尋ねた。
「麦粥が一杯」
「今日は?」
「……まだ何もない」
沈黙。
周囲には、疲れ切った兵士たちが座り込んでいた。
十万の軍勢。
その全員を食べさせるには、膨大な量の食料が必要だった。
だが、国境の村々から期待したほどの食料は手に入らなかった。
本国からの補給も遅れている。
そして何より。
兵士たちは、もう戦争を続ける理由を見失い始めていた。
「……俺たちは、何のためにここへ来たんだ?」
若い兵士が呟いた。
「食料を確保するためだろ」
「なのに、出征前より腹が減っている」
誰も答えなかった。
そのとき。
補給部隊の指揮官が現れた。
中年の大尉だった。
「全員、聞け」
兵士たちが顔を上げた。
大尉は、しばらく黙っていた。
そして、「……補給部隊は、これ以上の進軍を停止する」
ざわめきが広がった。
「……停止?」
「ああ」
大尉は頷いた。
「食料がない。馬も疲弊している。このまま進めば、戦う前に倒れる者が出る」
一人の兵士が尋ねた。
「……将軍の命令は?」
大尉は静かに答えた。
「私が責任を取る」
その言葉に、兵士たちは息を呑んだ。
「……本当に?」
「ああ」
大尉は剣を外した。
「アルディナ王国軍へ使者を送る」
「……降伏するんですか?」
「補給部隊として武装解除に応じ、食料と負傷者の保護を求める」
降伏の申し出を聞いた補給兵たちは、喜ぶ者と怒る者に分かれた。
「武器を捨てれば、味方に裏切り者と呼ばれるぞ」
「持っていたところで、腹は膨れない」
大尉は部隊の名簿を開いた。
病人の数、動けない馬の数、残りの水。
どれも報告するたびに悪くなっていた。
「降伏は食事の注文ではない。敵にも食べさせる人間がいる。だから、人数を隠すな。武器も隠すな」
一人の兵士が尋ねた。
「俺たちは、殺されませんか」
大尉は答えられなかった。
それでも白布を掲げた。
受け入れ側では、カールが倉庫番と一袋ずつ数を照らした。
敵を救うために自国の子供を飢えさせるわけにはいかない。
降伏が成立したのは、善意だけでなく、人数と配給量を書き込んだ二枚の紙があったからだった。
沈黙。
そして、一人の兵士が、ゆっくりと立ち上がった。
「……俺も賛成です」
別の兵士も立ち上がった。
「俺も」
「俺もだ」
やがて、補給部隊の大半が立ち上がった。
誰も歓声を上げなかった。
ただ、ほっとしたような顔をしていた。
その日の夕方。
アルディナ王国軍の前哨基地に、白旗を掲げた一団が現れた。
カールは驚いた。
「……補給部隊?」
使者が頭を下げた。
「ヴァルシア王国軍補給部隊を代表して参りました」
「目的は?」
「武装解除と引き換えに、食料と負傷者の保護を求めます」
カールは、しばらく黙っていた。
そして、「……分かった」
副官が驚いた。
「隊長!?」
カールは続けた。
「ただし、こちらにも十分な食料があるわけではない。受け入れ人数と必要量を確認しなければならん」
使者は深く頭を下げた。
「それで構いません」
その夜。
敵軍の補給部隊は、武器を置いた。
そして、初めてアルディナ王国のジャガイモ料理を口にした。
一人の兵士が、涙を流した。
「……戦争に来たのに」
隣の兵士が尋ねた。
「どうした?」
男は器を見つめた。
「……敵に、食べさせてもらうとはな」
その言葉に、誰も笑わなかった。




