第三十一話 食料会議が成功したので、ハインリヒ将軍が最後の攻撃を命じた
ヴァルシア王国軍司令部。
「……食料会議だと?」
ハインリヒ将軍は、報告書を握り潰した。
「敵国と農業の話をしているだと!?」
副官は頭を下げた。
「はい。停戦を求める部隊が、独自に協議を進めています」
将軍は怒鳴った。
「軍の命令を無視して!」
「しかし、兵士たちは食料不足に苦しんでいます」
「黙れ!」
将軍は地図を広げた。
「……こうなれば、力で決着をつける」
副官が顔を上げた。
「……何を?」
「アルディナ王国の砦を攻撃する」
「しかし、停戦協議が……」
「関係ない!」
将軍は怒鳴った。
「戦争は、勝たねば意味がない!」
そして、命じた。
「忠誠を誓う部隊を集めろ!」
「……何人ですか?」
「動かせるだけだ!」
副官は黙った。
将軍は続けた。
「砦を落とし、畑を占領する!」
その命令は、前線部隊へ伝えられた。
しかし、兵士たちの反応は、以前とは違っていた。
「……また攻撃か」
「食料も足りないのに?」
「俺たちは、何のために戦っているんだ?」
不満が広がっていた。
それでも、将軍に忠誠を誓う部隊は、進軍を始めた。
アルディナ王国。
国境の砦。
「敵軍、進軍!」
見張りが叫んだ。
カールは城壁へ上がった。
砦に向かう街道では、軍靴が乾いた土を踏み鳴らしていた。
だが、行軍の列は何度も途切れた。
空腹で倒れた兵士を、仲間が肩で支えていたからだ。
「将軍の命令だ。歩け」
伍長の声に、若い兵士が顔を上げた。
「砦を落としたら、本当に食べ物があるんですか」
誰も答えなかった。
司令部で副官は最後の報告を読み上げた。
「砦の倉庫を奪っても、全軍の食料には足りません。農地の作物は、収穫まで待つ必要があります」
ハインリヒは拳を握った。
兵士が戦う理由を失えば、自分の命令も意味を失う。
その恐怖を認める代わりに、将軍は攻撃命令書に署名した。
「明朝、進め」
副官は命令書を受け取ったが、すぐには敬礼できなかった。
紙一枚の向こうで、何人が帰れなくなるのだろう。
遠くに、敵軍の旗が見えた。
「……来たか」
エリクも隣に立った。
「……戦うのか?」
カールは頷いた。
「砦を守らねばならん」
悠真が尋ねた。
「……食料会議は?」
「続ける」
カールは答えた。
「だが、攻撃してくる部隊を止めなければ、交渉も続けられない」
エリクは剣を握った。
その手は、震えていた。
「……怖いか?」
カールが尋ねた。
エリクは頷いた。
「……怖い」
「それでいい」
カールは静かに言った。
「怖さを忘れた者ほど、無謀な戦いをする」
エリクは頷いた。
そして、「……俺、母さんのところに帰りたい」
カールは笑った。
「帰れ」
「……え?」
「必ず、生きて帰れ」
その言葉に、エリクは強く頷いた。
「……はい!」
その日の夕方。
敵軍の先鋒が、砦の前に姿を現した。
戦いは、避けられなかった。
ハインリヒは幕舎の外に集まる兵士を見た。
武器を持つ手は痩せ、靴は泥に埋もれている。
ハインリヒの幕舎には、前線の兵が倒れたという報告が積まれていた。
戦死ではない。
空腹と寒さだった。
勝利を命じても、その先に食わせるものがなければ軍は崩れる。
将軍はその事実を知りながら、命令書から目を離せなかった。
「攻めれば勝てますか」と副官が聞いた。
「城壁は破れるかもしれん」
「そのあと、兵に食べさせるものは?」
ハインリヒは返事をしなかった。
勝利のあとに続く日々を、彼は初めて地図の外に見た。




