第二十二話 敵軍十万が国境に集結したので、エリクは剣を置いて畑の地図を広げた
国境の砦。
カールが軍議の机に赤い駒を並べた。
「敵軍、十万。正面から戦えば、我々に勝ち目はない」
将校たちの顔から血の気が引いた。
「王都の援軍は?」
「要請した。だが、間に合う保証はない」
一人が言った。
「ならば、村の麦を徴発して籠城するしか……」
「それでは村人が冬に死ぬ」
エリクの声だった。
将校が睨みつけた。
「戦場を知らぬ農夫が口を出すな」
エリクは腰の剣を外し、机の端に置いた。
「剣のことは、あなたたちのほうが詳しい。だから、俺が知っている畑のことを話させてください」
少年は三つの村の地図を広げた。
水路、井戸、収穫前の畑、共同倉庫。
軍用地図には載っていない印が並んでいる。
「敵が十万人なら、毎日十万人分の食料と水が要ります。畑を焼いても、すぐには腹を満たせません」
悠真が続けた。
「こちらも同じです。村から食料を奪えば、守るべき住民を飢えさせます。先に避難路と配給場所を決めましょう」
「敵が倉庫を奪ったらどうする!」
「倉庫を一か所に集めず、輸送できる分を分散させます。ただし、避難民に必要な量を残して」
カールは地図に指を置いた。
「井戸を守る部隊、住民を誘導する部隊、倉庫を護衛する部隊……。砦を守るだけでは足りないな」
エリクは頷いた。
「それから、敵にも食料を作る方法を渡せませんか」
室内が静まり返った。
「敵に農法を教えるだと?」
「戦わずに食料を得られるなら、侵攻をやめる理由になります」
「そんな甘い話に将軍が乗るものか」
「乗らないかもしれません」と悠真が答えた。
「だから、防衛準備はやめません」
カールはしばらく考え、命じた。
「王都へ避難民の受け入れを要請。砦は防衛を続ける。同時に、敵陣へ使者を送れ」
将校が息を呑んだ。
「何と伝えますか」
「ジャガイモとトウモロコシの栽培技術を提供する。停戦と食料協議を求める、と」
夕刻、使者が白い布を掲げて国境を越えた。
ヴァルシア王国軍の陣地。
ハインリヒ将軍は書状を読み、握り潰した。
「敵国の施しなど受けるものか。全軍、進軍準備!」
副官がためらいがちに言った。
「将軍。十万の兵の食料は、あと何日分ですか」
「命令を聞け!」
副官は頭を下げた。
しかし、その手には食料台帳が握られたままだった。
国境の砦では、エリクが母から渡された小さな布袋を開いた。
中には乾燥させたトウモロコシが十粒。
『食べるためじゃなく、また植えるために持っていきなさい』
母の声が蘇る。
エリクは袋を握りしめ、机の上の剣を見た。
「……俺は、戦争を止めたい」
だが、国境の向こうでは、十万の軍勢が動き始めていた。




