第十七話 軍の食料を調べたら、帳簿から消えた麦が大量に見つかった
王国軍の補給所には、雨に濡れた麦袋の匂いが染みついていた。
カールは二冊の帳簿を並べた。
「王都から国境の砦へ五百袋。受領は三百袋。二百袋はどこへ消えた?」
元補給担当官のヘルマンが指を滑らせる。
「ほかの月も同じです。『輸送中の損耗』として、毎回ほぼ同じ割合が差し引かれています」
「晴れの日も雨の日も同じ量だけ腐るのか」
カールが書記に命じた。
「三日で馬車の出発記録、関所の通過記録、砦の受領証を揃えろ」
若い書記の顔が曇った。
「三日後には、砦の予備食が尽きます」
「私の部隊の予備食を回す。兵士の配給は減らさない。ただし三日分しかない」
悠真は軍用ジャガイモの納品相談で訪れていた。
「百袋を追加で出せないか」とカール。
「村の食料と来年の種芋を残せば、三十袋です。全部渡せば今度は村が飢えます」
カールは頷いた。
「三十袋でいい。村の種を奪う命令は出さない」
一日目。
関所の記録には、五百袋を積んだ十台の馬車が通ったとあった。
だが、砦の受領証には六台分しかない。
「途中で四台を別の砦に回したのでは」とヘルマンが言う。
「その砦の受領証も調べろ」
二日目。
受領証は見つからなかった。
代わりに、馬車の御者が一人だけ呼び出しに応じた。
「俺たちは指定の倉庫に下ろしただけだ。商会の封印があった」
「倉庫はどこだ」
御者が答えかけたとき、扉の外で金属音がした。
廊下には割れた灯りと、床に落ちた短剣があった。
御者は震えた。
「俺が話したと知れたら、家族が危ない」
カールは兵を二人つけた。
「証言を強要しない。家族を保護する。だが、隠していれば砦の兵が飢える」
その夜、ヘルマンは古い運搬票を見つけた。
何度も同じ名が書かれていた。
【ヴァレン穀物商会】
「アコギの商会か」
「名があるだけで犯人とは言えません」とヘルマンが釘を刺す。
「分かっている。商会の荷が途中で誰の手に渡ったかが問題だ」
三日目の朝、カールは商会の帳簿係と関所の兵を別々に呼んだ。
帳簿係は「四台は北の臨時倉庫へ移した」と答えた。
関所の兵は「臨時倉庫へ向かう道は、その週の洪水で閉鎖されていた」と証言した。
二人の証言が食い違った。
カールは地図の上に四つの石を置いた。
「この馬車はどこを通った?」
帳簿係の手が止まった。
「答えられないなら、倉庫を確認する。誰の許可で転送したかも調べる」
昼過ぎ、捜索隊は閉鎖された製粉所の裏で麦袋を発見した。
袋には軍の焼き印が残り、上から商会の印が押されていた。
「見つかった!」と書記が叫ぶ。
「まだ安心するな」とカール。
「湿気で食べられない麦もある。砦に届けられる分を選別しろ」
ヘルマンが袋を切り開き、匂いを嗅いだ。
「乾いている分はあります」
カールは直ちに砦への輸送を命じた。
足りない分には悠真の三十袋を充てる。
夕暮れ、カールは御者の証言録を閉じた。
「誰が命じたかは、これからだ。商会の名だけで決めつけない。だが、兵の食事を帳簿の上で消す者は見逃さない」
悠真は砦へ向かう馬車を見送った。
二百袋とは、紙の上の数字ではない。
明日も生きるはずだった人間の、何千杯もの食事なのだ。




