第十六話 軍にジャガイモを売ったら、領主が怒って商会が青ざめた
王都。
バルガス侯爵の屋敷。
「……何だと!?」
侯爵は机を叩いた。
「軍が、農民から直接食料を買っただと!?」
執事が頭を下げた。
「はい。カール百人隊長の部隊が、三村共同市場からジャガイモを購入したようです」
侯爵の顔が赤くなった。
「販売権は商会に与えたはずだ!」
「しかし、軍への直接納入については、明確な規定がありません」
「……くそっ!」
侯爵は立ち上がった。
「アコギを呼べ!」
数日後。
穀物商アコギ・ヴァレンが、侯爵の屋敷を訪れた。
「……困りましたな」
侯爵が言った。
「軍まで農民の味方をし始めた」
アコギは静かに頷いた。
「ええ。ですが、まだ対策はあります」
「何だ?」
「軍への納入には、品質検査が必要です」
侯爵は眉を上げた。
「……品質検査?」
「はい。新しい作物には、毒性の問題もあります」
アコギは微笑んだ。
「ジャガイモの芽には毒があるそうです」
侯爵は笑った。
「……なるほど」
「安全性を理由に、商会の検査を義務づければよいのです」
侯爵は満足そうに頷いた。
「よし。それでいこう」
一方。
アルト村。
悠真は、新しい命令書を読んでいた。
『軍への納入作物は、指定商会の品質検査を受けること』
エリクが尋ねた。
「……また邪魔してきたのか?」
悠真は首を振った。
「いや」
「……え?」
「品質検査そのものは、必要だよ」
エリクは驚いた。
悠真は続けた。
「ジャガイモには毒性のある部分があるし、傷んだ作物を軍へ送るわけにはいかない」
「……確かに」
「だから、検査をすること自体は間違っていない」
エリクは考え込んだ。
「じゃあ、どうする?」
悠真は笑った。
「自分たちで検査基準を作ろう」
「……検査基準?」
「はい。誰が見ても分かるように、基準を決めるんだ」
「検査する人間を、誰が検査するんだ?」
エリクの問いに、悠真は言葉を止めた。
商会が恣意的に不合格を出せば、どんな立派な基準も役に立たない。
「村の担当者だけで決めない。軍の担当者も同じ作物を見て、結果を二通作ろう。不合格なら理由を書き、再確認を求められるようにする」
「商会は納得するかな」
「納得しなくても、理由を示してもらうしかない。安全のための検査なら、隠す必要はないはずだから」
悠真は検査表の最上段に『判定理由』と書いた。
翌朝、侯爵家の名を記した追加通達が村に届いた。
軍への納入品をすべて再検査するという。
検査を口実に荷車を止めれば、兵士にも農民にも損害が出る。
「向こうが決めた基準だけでは、いつまでも通れません」
悠真はカールとエリクを呼び、双方が立ち会う検査と、不合格の理由を記録する手順を提案した。
領主を公然と敵に回す危険はある。
それでも、曖昧な権限に食料を握らせるよりましだった。
軍への売却額が決まると、農民たちの間で意見が割れた。
現金が欲しい家と、備蓄を優先したい家。
悠真は軍用の出荷上限を決め、村の冬越し分を先に封印した。
「契約で村が飢えたら、商売は成功じゃない」
検査に来た役人は、荷車の一つを指さした。
「この袋は再検査だ。納期に間に合わなくても、領主は責任を負わぬ」
農民が怒鳴り返しかけたとき、カールが割って入った。
「軍が受け取る品は軍の検査官も確認する。問題があれば俺の署名を残す」
役人は不機嫌そうに顔を背けたが、袋を没収する理由はなくなった。
悠真は安堵する一方で、カールの署名が彼自身の立場を危うくすることも分かっていた。
「巻き込んですみません」
「腹をすかせた部下を守るのが俺の仕事だ。ただし、腐った芋が一つでもあれば遠慮なく突き返す」
悠真は頷いた。
味方だからこそ、甘い検査にはできない。
こうして。
三つの村では、ジャガイモの品質管理が始まった。
芽の状態。
緑色になった部分。
腐敗。
傷。
保存状態。
それぞれを確認し、食用に適さないものは除外した。
トウモロコシも、乾燥状態やカビの有無を確認した。
悠真は記録を残した。
エリクは検査方法を覚えた。
そして、完成した基準書を、カールに渡した。
カールは驚いた。
「……ここまで作ったのか」
悠真は頷いた。
「安全な食料を届けたいですから」
カールは笑った。
「……商会より、よほど信用できるな」




