第百十九話 五個のジャガイモを植えた畑に、王国中から人々が集まってきた
ベルナ村。
春。
「……何だ、これは?」
悠真は、村の入口で立ち止まった。
目の前には、大勢の人々が集まっていた。
農民。
商人。
兵士。
学者。
そして、子供たち。
「……どうして、こんなに?」
悠真が呟いた。
隣にいたエリクが、笑った。
「……さあな」
悠真は、エリクを見つめた。
「……お前、何か知ってるだろ」
エリクは、目をそらした。
「……知らないな」
「……絶対知ってるだろ」
そのとき。
「……悠真殿!」
村長ハインツの孫が、駆け寄ってきた。
「こちらへ!」
悠真は、首を傾げた。
「……何があるんです?」
青年は笑った。
「行けば分かります!」
悠真は、半ば引っ張られるように畑へ向かった。
そこは、三十年前。
最初にジャガイモを植えた場所だった。
畑の中央には、小さな石碑があった。
『五個のジャガイモと百粒のトウモロコシから、すべては始まった』
悠真は、立ち止まった。
「……これは」
そのとき。
大きな拍手が響いた。
「……悠真先生!」
「ありがとうございました!」
「先生のおかげで、私たちは生きています!」
悠真は、驚いた。
そこには、かつて助けた人々がいた。
飢饉を生き延びた農民。
戦争から帰ってきた元兵士。
洪水で家を失った避難民。
農業学校の卒業生。
そして、その子供たち。
一人の老人が、悠真へ近づいた。
「……覚えておられますか?」
悠真は、顔を上げた。
「……あなたは?」
老人は笑った。
「三十年前、ベルナ村から種芋を分けてもらった者です」
悠真は、目を見開いた。
「……ああ!」
老人は続けた。
「その種芋で、家族が助かりました」
「今では、孫が農業学校へ通っています」
悠真は、静かに頷いた。
「……よかった」
次に、一人の女性が近づいた。
「……悠真先生」
「……はい」
女性は、子供の手を握っていた。
「私は、希望村で洪水に遭いました」
悠真は、顔を上げた。
「……あのときの」
女性は頷いた。
「家は流されました」
「でも、避難できたおかげで、家族は助かりました」
そして、子供を見つめた。
「この子は、洪水のあとに生まれたんです」
悠真は、静かに笑った。
「……そうですか」
女性は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
悠真は、慌てて首を振った。
「……俺だけの力じゃありません」
女性は笑った。
「……分かっています」
そして、「だから、今日はみんなで来たんです」
悠真は、周囲を見渡した。
そこには、数え切れないほどの人々がいた。
彼らは、悠真一人に感謝するためだけに集まったのではなかった。
あの時代を生き抜いた人々。
助け合った人々。
そして、次の世代へ命をつないだ人々。
その全員で、三十年の歩みを祝うために集まったのだった。
やがて。
一人の男性が、壇上へ上がった。
国王ユリウス一世だった。
「……諸君」
広場が静まり返った。
ユリウスは続けた。
「三十年前、この王国は飢えていた」
「食料が足りず、村同士が争い、隣国との戦争まで起きかけた」
「だが、今」
ユリウスは、広場を見渡した。
「ここには、三十年前には生まれていなかった子供たちがいる」
「飢饉を知らない若者たちがいる」
「そして、食料を分け合う人々がいる」
拍手が響いた。
ユリウスは続けた。
「私は、今日、この場所を王国の記念地とする」
悠真は、驚いた。
「……え?」
ユリウスは笑った。
「そして、ここで毎年、収穫と命を祝う祭りを開く」
大きな歓声が響いた。
悠真は、苦笑した。
「……陛下、聞いてませんよ」
ユリウスは笑った。
「言ったら断るだろう?」
「……断りますよ」
「だから、先に決めた」
悠真は、頭を抱えた。
「……相変わらずですね」
ユリウスは笑った。
「お互い様だ」
祭りの端で、農業学校の生徒たちは古い木箱を囲んでいた。
五個の芋が入っていたという箱だ。
「これがなければ、今の王国はなかったんですか」と生徒が聞いた。
悠真は首を振った。
「これだけじゃ何も変わらなかったよ。畑を貸した人、水を分けた人、戦争を止めようとした人がいた」
エリクは少し離れた場所で聞いていた。
母の名が記念碑に刻まれなくても、母が分けた一皿は自分の中に残っている。
そのとき。
エリクが、悠真の肩を叩いた。
「……なあ、悠真」
「……何?」
エリクは、静かに言った。
「母さんも、ここに来たかっただろうな」
悠真は、エリクを見つめた。
そして、頷いた。
「……うん」
エリクは、少し笑った。
「でも、母さんが守ってくれた俺たちは、ここにいる」
悠真は、静かに答えた。
「……そうだね」
二人は、畑を見つめた。
春の風が、優しく吹いていた。




