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飢えた王国 IF ~五個のジャガイモから始める、誰も飢えない国づくり~  作者: レモンティー


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第百二十話 最終話 最後の一粒を奪い合っていた世界で、俺は最後の一粒を誰かに渡した

ベルナ村に、春が来た。

悠真は畑の端にしゃがみ、土を一握りすくった。

湿り気があり、指の間で柔らかく崩れる。

三十年前、ここは石だらけの痩せた土地だった。

あのとき持っていたのは、五個のジャガイモ。

それで国を救えるなどと思っていなかった。

ただ、明日の食べ物を心配している人が目の前にいた。

自分にも何かできないかと考え、土を掘った。

「悠真」

振り向くと、エリクが立っていた。

昔より歩くのはゆっくりになったが、畑を見る目は変わらない。

「また一人で感傷に浸ってるのか」

「悪い?」

「悪くない。俺も付き合う」

二人は畑の畦に腰を下ろした。

村の向こうには共同倉庫がある。

扉には、収穫量だけでなく、点検日と保存状態を記した札が掛かっていた。

倉庫の隣では、農業学校の生徒たちが土の水分を調べている。

この国から凶作が消えたわけではない。

病気で枯れる畑も、洪水で失う橋もある。

食料の値段が上がれば、今でも困る家は出る。

けれど、知らせる鐘がある。

分け合う倉庫がある。

間違った決定に異議を唱える人がいる。

失敗した方法を次の年に繰り返さないよう、記録を残す人がいる。

「昔はさ」とエリクが言った。

「母さんが、最後の芋を俺に半分くれたんだ」

悠真は頷いた。

エリクがその話をするときだけ、声が少し低くなることを知っていた。

「腹が減っていたのは、母さんも同じだった。俺はそれに気づくのが遅かった」

「でも、覚えているんだね」

「ああ。忘れたくない」

そこへ、小さな足音が近づいた。

十歳ほどの少年が、布の袋を抱えて立っている。

「ねえ、ここが最初の畑?」

「そうだよ」

「五個のジャガイモを植えたって、本当?」

「本当だ」

少年は袋の口を開いた。

中には、学校で配られた種芋が一個入っていた。

「先生がね、来年のために植えてみようって。でも、僕の家の畑はもういっぱいなんだ」

悠真は、少年の顔を見た。

「どうしたい?」

「隣の家の子と、一緒に育てたい。あの子の畑、去年の雨で流されちゃったから」

エリクが目を細めた。

「分けたら、お前の取り分は減るぞ」

少年は少し考えた。

「でも、二人で育てたら、失敗したときも二人で考えられるよ」

悠真は思わず笑った。

「そのとおりだ。ただし、種芋は病気がないか確かめよう。植える場所も、先生に相談してごらん」

「うん!」

少年は走り出しかけ、足を止めた。

「おじいちゃん。昔の人は、どうして食べ物を奪い合ったの?」

悠真はすぐに答えられなかった。

足りなかったから。

怖かったから。

誰も助けてくれないと思ったから。

それだけではない。

食料があっても届かなかった村がある。

守るべき倉庫を閉ざした者がいる。

善意で始めた改革が、別の誰かを傷つけたこともある。

「いろんな理由があったんだ」

悠真はゆっくりと言った。

「だから、また困ったときには、何が起きているのか確かめてほしい。誰かを責める前に、どうすれば一緒に生きられるか考えてほしい」

少年は難しそうな顔をした。

「……全部は分かんない」

「今はそれでいいよ」

少年は頷き、今度こそ駆け出した。

「一緒に植えよう!」

畑の向こうで、別の子が手を振る。

エリクは、二人の背中を見送った。

「悠真。あいつらは、俺たちがいなくなっても大丈夫かな」

悠真は答えを急がなかった。

三十年前、自分も正しい答えなど持っていなかった。

飢えをなくしたかっただけなのに、戦争も、商人も、王族も、天候も、思いどおりにはならなかった。

そのたびに、誰かと話し、失敗し、直してきた。

「大丈夫だって、約束はできない」

エリクがこちらを見る。

「でも、あの子たちは一人じゃない。教えてくれる人も、間違いを指摘する人もいる。俺たちが残せたのは、きっとそれだよ」

エリクは長く息を吐いた。

「そうか。それなら、悪くないな」

午後の鐘が鳴った。

子供たちは種芋を土に埋め、手を洗って昼食へ向かう。

今日食べるパンは、明日の種を奪わずに用意されていた。

悠真は立ち上がり、エリクに手を差し出した。

「帰ろう。昼ご飯が冷める」

「お前、三十年経っても食い物の話ばかりだな」

「最初から、そういう話だったんだよ」

二人は笑って歩き出した。

振り返ると、土をかぶせたばかりの小さな畝が見えた。

芽はまだ出ていない。

雨が強すぎれば腐るかもしれないし、虫に食われるかもしれない。

それでも、春になれば誰かが畑へ戻り、土を確かめ、次の種を植えるだろう。

悠真はもう一度だけ畑を見た。

二人の子供が、一本の畝を挟んでしゃがみ込み、土をそっとならしていた。

悠真は前を向いた。

――完――

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