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飢えた王国 IF ~五個のジャガイモから始める、誰も飢えない国づくり~  作者: レモンティー


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第百十五話 かつて食料を独占した商人が、最後に王国へ残したもの

王都アルディア。

ヴァレン商会本店。

「……悠真殿」

アコギ・ヴァレンが、静かに言った。

「少し、話がある」

悠真は、椅子に座った。

「……何でしょう?」

アコギは、机の上に古い帳簿を置いた。

表紙は擦り切れ、紙は黄ばんでいた。

「……覚えているか?」

悠真は、帳簿を見つめた。

「……これは?」

アコギは答えた。

「三十年前の帳簿だ」

悠真の表情が変わった。

「……まさか」

アコギは頷いた。

「そうだ」

「食料の買い占め」

「架空の補給部隊」

「不正な契約」

「そして、農民から土地を奪おうとした記録」

悠真は、黙った。

アコギは続けた。

「私は、ずっとこの帳簿を持っていた」

「……なぜです?」

アコギは、静かに答えた。

「忘れないためだ」

沈黙。

アコギは続けた。

「私は、食料を金儲けの道具としてしか見ていなかった」

「飢えている人間がいても、価格が上がれば喜んだ」

「戦争が起きても、輸送契約が増えると考えた」

悠真は、静かに聞いていた。

アコギは続けた。

「……最低の商人だった」

そして、古い帳簿を悠真へ差し出した。

「これを、王国の監査機関へ渡したい」

悠真は、顔を上げた。

「……本気ですか?」

アコギは頷いた。

「もちろんだ」

「今さら、罪が消えるとは思っていない」

「だが、隠したまま死ぬよりはましだ」

悠真は、しばらく黙った。

そして、「……分かりました」

その後、アコギは過去の不正記録を提出した。

調査の結果、すでに処理されていた案件に加え、未解決の取引や不当な利益が明らかになった。

王国は関係者への補償と、残された不正の整理を進めた。

アコギ自身も、財産の一部を返還することになった。

さらに。

彼は残る資産の一部を、農業教育と公共備蓄のために提供すると申し出た。

ただし、以前のように組織の支配権を求めることはなかった。

「……条件はありません」

アコギは、王国の担当者へ言った。

「運営は、公的な監督の下で行ってください」

担当者は驚いた。

数日前のことを、ふと思い出した。

アコギは、帳簿を渡したあとも立ち去らなかった。

「金を返せば済むとは思っていない」

悠真は答えなかった。

「私のせいで畑を失った者は、もう戻ってこない。謝罪を聞きたくない家族もいるだろう」

アコギは、被害を受けた村の名前を一つずつ読み上げた。

「この記録を公にしてくれ。私の名誉のためではない。二度と同じ契約を結ばせないために」

悠真は帳簿を受け取った。

「許すかどうかは、俺が決めることじゃありません」

「……ああ。それでいい」

老人の肩が、少しだけ下がった。

「……本当によろしいのですか?」

アコギは頷いた。

「ええ」

そして、静かに笑った。

「私の名前を残す必要もありません」

数か月後。

王都郊外。

新しい公共備蓄倉庫が完成した。

建物の入口には、小さな石碑が置かれていた。

そこには、こう刻まれていた。

『食料は、人を飢えさせるためではなく、生かすためにある』

悠真は、石碑を見つめた。

隣にいたアコギが、静かに言った。

「……皮肉なものだ」

「……何がです?」

「私は、食料を独占して富を築いた」

「だが、最後に残したかったのは、誰も独占できない倉庫だった」

悠真は、少し笑った。

「……変わりましたね」

アコギは首を振った。

「変わるのが、遅すぎた」

悠真は、静かに答えた。

「……それでも、変わったことには意味があります」

アコギは、しばらく黙った。

そして、「……ありがとう」

小さく呟いた。

その後、アコギは商会の経営を後継者へ譲り、表舞台から退いた。

彼の過去が消えることはなかった。

だが、彼が最後に残した倉庫は、その後も多くの人々を支え続けることになる。

アコギが残したのは、金庫の鍵だけではなかった。

最初の帳簿には、利益の大きい取引ばかりが並んでいる。

最後の帳簿には、災害時に無償で運んだ食料と、赤字でも維持した街道の記録があった。

その赤字の欄には、閉鎖した支店の名前もあった。

全てを救えたわけではない。

アコギは何度も商人としての限界にぶつかり、それでも次の冬に荷馬車が通れる道を残した。

「商人は儲けなければ続かない」と彼は言っていた。

その言葉は変わらない。

ただ、何を続けるために儲けるのかが、長い年月で変わったのだ。

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