第百十四話 王国の食料が余るようになったので、今度は農民たちが困り始めた
ベルナ村。
農業組合集会所。
「……ジャガイモが売れない!」
一人の農民が叫んだ。
「麦の値段も下がってるぞ!」
「収穫は増えたのに、去年より収入が少ない!」
悠真は、集まった農民たちの話を聞いていた。
三十年前。
食料が足りず、人々は飢えていた。
今は違う。
農業技術が発展し、収穫量は大きく増えた。
寒冷化も落ち着き、作物の種類も増えた。
しかし、豊作が続いたことで市場価格が下落していた。
「……まさか、こんなことで困るとはな」
エリクが呟いた。
悠真は頷いた。
「……食料が増えれば、全部解決すると思ってた時期もあったよ」
農民の一人が尋ねた。
「悠真殿、どうすればいいんです?」
悠真は考え込んだ。
そして、「……まず、余っている食料を調べましょう」
「調べてどうする?」
「保存できるものは保存する」
「加工できるものは加工する」
「そして、必要としている地域へ運ぶ」
農民たちは頷いた。
だが、一人が言った。
「……それでも余ったら?」
悠真は、静かに答えた。
「作る量を調整する必要もあります」
「……畑を減らせと?」
「全部の畑を減らすわけではありません」
悠真は続けた。
「地域ごとに、需要を見ながら作物を選ぶんです」
「ジャガイモばかりではなく、豆や麦、野菜も作る」
「土地を休ませることも必要です」
農民たちは、顔を見合わせた。
そのとき。
集会所の扉が開いた。
「……話は聞かせてもらった!」
現れたのは、アコギ・ヴァレンだった。
すっかり白髪が増えている。
だが、商売の話になると目が輝くところは変わらない。
「……アコギさん」
悠真は苦笑した。
「また何か考えたんですか?」
アコギは笑った。
「もちろんだ!」
そして、書類を広げた。
「保存食の加工場を増やす!」
エリクが尋ねた。
「……また工場か?」
アコギは頷いた。
「ただし、今回は違う」
「……何が?」
「農業組合との共同事業だ」
悠真は顔を上げた。
アコギは続けた。
「農民が原料を供給する」
「商会が加工と輸送を担当する」
「利益は、契約に従って分配する」
その場で、若い農民が口を開いた。
組合の会議で、若い農民が言った。
「加工場を作る金なんて、どこにあるんです?」
悠真は答えを急がなかった。
「最初から大きな建物は作らない。使っていない倉庫で乾燥や選別から始めよう」
「失敗したら?」
「組合の積立金を全部使わない。まず少量で試して、売れた分だけ次に回す」
アコギが頷いた。
「買い手との契約も、価格と引き取り量を紙に残そう。口約束で泣いた農民を、私は知っている」
若い農民は、ようやく椅子に座った。
豊作の時代にも、慎重さが必要だった。
農民たちがざわめいた。
「……本当に?」
アコギは頷いた。
「もちろんだ」
そして、少し笑った。
「三十年前の私なら、安く買い叩いていただろうがな」
悠真は苦笑した。
「……自分で言いますか」
アコギは頷いた。
「事実だからな」
そして、真剣な表情になった。
「だが、農民が潰れれば、商人も潰れる」
「私は、それを嫌というほど学んだ」
悠真は、静かに頷いた。
こうして、農業組合と商会による新しい加工事業が始まった。
余剰の農産物は保存食や飼料へ回され、農家の収入を支える仕組みも整えられていった。
もちろん、すべてがうまくいったわけではない。
加工費が高すぎる地域もあった。
輸送費が利益を上回る場合もあった。
それでも、人々は話し合い、少しずつ改善していった。
数か月後。
エリクが悠真へ言った。
「……不思議だな」
「何が?」
「昔は食料がなくて困ってた」
「……うん」
「今は、食料が余って困ってる」
悠真は笑った。
若い農民が、売れ残った芋を一袋だけ持ってきた。
「去年、畑を広げるために借金をしたんです。収穫は倍になりました。でも、値段が半分以下になった」
彼は袋を置いた。
「家族に腹いっぱい食わせられるのに、来年の種を買う金がありません」
悠真はすぐには答えられなかった。
収穫量の増加と暮らしの安定は、同じではなかった。
「……豊作になれば安心だと思っていた。だけど、これでは次の年の畑が続かない」
エリクは、若い農民の置いた芋袋を見つめた。
「食べ物があるのに、作った人が暮らせないなんてな」
だが、悠真は続けた。
「でも、農民が生活できなくなったら、また食料不足になるかもしれない」
エリクは頷いた。
「……だから、農業を続けられる仕組みが必要なんだな」
「うん」
悠真は、静かに答えた。
「食料を作ることと、作り続けられることは、別なんだ」
翌週、エリクは農民たちと再び集まった。
加工場への納入契約を作れば、値崩れを避けられるかもしれない。
だが、一定量を約束すれば不作の年に違約金が発生する。
「去年のように全部売れ残るよりましだ」と言う者がいた。
「契約に縛られて、また商会の言いなりになるのか」と反対する者もいた。
エリクは二つの意見を帳簿に並べた。
「じゃあ、最初の一年は少ない量で試す。価格も、天候で収穫が減ったときの扱いも、先に決めよう」
悠真は頷いた。
かつて少年だったエリクが、今は自分で制度の欠点を探している。
食料を増やす物語は、ここから、食料を作る人を守る物語へと変わっていた。
その言葉を、エリクは深く胸に刻んだ。




