第百十話 寒冷地向けの作物を研究していたら、生徒たちが悠真の知らない栽培方法を発見した
王立農業学校。
春の実習畑。
「先生、見てください!」
リーナに呼ばれ、悠真は山麦の試験区へ向かった。
同じ日に播いたはずの苗が、区画によって明らかに違う。
北風を受ける場所では葉先が傷み、土を高く盛った畝では茎が太かった。
「畝の高さを三種類に分けました。それから、風よけの有無も比べたんです」
リーナは泥のついた帳面を開いた。
「土の表面を草で覆った区画は乾燥が少なかった。でも、低い場所では湿りすぎて根が弱くなりました」
「なるほど……」
悠真は膝をつき、苗の根元に触れた。
彼が教えてきたのは、土地に合わせて畝を作る基本的な方法だった。
だが、生徒たちはそれを一つの正解として覚えなかった。
風、湿り気、斜面の向きまで組み合わせて試していた。
「収穫まで見ないと、まだ結論は出せません」
リーナは嬉しそうに、しかし慎重に言った。
「その通りだね」
数週間後。
試験区の収穫を終えた生徒たちが、報告書を提出した。
高い畝の区画はおおむね収量が多かった。
だが、端の一区画だけは低い畝のほうがよく育っていた。
「失敗したの?」と隣の生徒が聞いた。
「分からない。端は水の流れが違ったかもしれない」
リーナは結果を消さずに残していた。
「来年は区画の位置を入れ替えて、同じ差が出るか確かめます」
「それなら、同じ斜面に二組ずつ作ろう」と別の生徒が言った。
リーナは頷いた。
「そうしよう。うまく育った区画だけ見せたら、ほかの村で同じ失敗をさせるから」
悠真は報告書を読み返した。
そこには、彼が勧めた方法で生育が悪くなった記録まで、隠さず載っていた。
「先生の方法と違う結果になって、怒りませんか」
リーナが小さな声で尋ねた。
「怒る理由がないよ。むしろ、教えてほしい」
「……先生が、私に?」
「うん。俺は、この区画の水の流れを見落としていた」
周囲の生徒たちが顔を見合わせた。
その日の午後、悠真は研究計画の変更案を持ってエリクを訪ねた。
「予算を増やしたいのか?」
「少し違う。次の試験区を決める権限を、生徒たちにも渡したい」
エリクは書類を見た。
「失敗したら?」
「記録して、次に生かす。ただし、村に配る種子まで試験に使わない。研究用の畑と食料用の畑は分ける」
「責任は誰が持つ?」
「学校の管理責任は俺が持つ。試験の設計と記録は研究班が担当する。失敗を隠したら、俺も一緒に説明する」
エリクは笑った。
「十年前は、お前が全部やろうとしていたのにな」
「今も、放っておくとそうなる」
二人は笑った。
翌朝、悠真は実習畑の入口に新しい木札を立てた。
【次年度・寒冷地栽培試験 責任者 リーナほか研究班】
その下に、小さく付け加えた。
【助言者 高橋悠真】
木札の隣には、今年の試験で枯れた区画の図も貼った。
成功した畝だけを見せれば、研究はただの自慢話になる。
「先生、これ……本当に私たちが決めていいんですか?」
「うん。来年、どの畝から試す?」
リーナは迷わず、今年うまく育たなかった区画を指さした。
「ここです。失敗の理由を、まだ確かめていませんから」
悠真は頷いた。
リーナは帳面を開き、来年の試験区に新しい線を引いた。
悠真は口を出さず、畑の脇へ一歩下がった。
最初の種を播く場所を決めたのは、もう彼ではなかった。




