第百四話 寒さに強い作物を探していたら、農民の娘が「うちの村には昔からあります」と言い始めた
王立農業学校。
実習畑。
「……また枯れた」
悠真は、苗を見つめた。
寒冷地向けの作物を探す試験が続いていた。
ジャガイモ。
トウモロコシ。
麦。
豆。
さまざまな作物を、異なる条件で育てていた。
だが、低温による生育不良が相次いでいた。
「……難しいな」
悠真が呟いた。
そのとき。
一人の少女が手を挙げた。
「……先生!」
悠真が顔を上げた。
「どうしたの?」
少女の名前は、リーナ。
北方の山村から来た農民の娘だった。
「……先生、どうしてその作物ばかり育てるんですか?」
悠真は首を傾げた。
「……どういうこと?」
リーナは続けた。
「うちの村には、もっと寒さに強い作物があります」
悠真は、目を見開いた。
「……本当?」
リーナは頷いた。
「はい」
「何ていう作物?」
「山麦です」
悠真は考え込んだ。
「……山麦?」
リーナは説明した。
「普通の麦より背が低くて、実も小さいんです」
「でも、寒い年でも育つことがあります」
悠真は、顔を上げた。
「……見せてもらえる?」
リーナは笑った。
「もちろんです!」
数日後。
リーナの故郷から、山麦の種子が届いた。
悠真は、袋を開けた。
小さな粒。
見た目は、普通の麦に似ていた。
だが、少し色が濃い。
「……なるほど」
悠真は、種子を手に取った。
「昔から育てているんだね?」
リーナは頷いた。
「はい」
「でも、収穫量が少ないので、王都ではあまり知られていません」
悠真は、静かに頷いた。
「……それは、もったいない」
その日から、山麦の栽培試験が始まった。
普通の麦。
山麦。
同じ畑の中で、条件をそろえて比較する。
さらに、寒冷地の農家にも協力してもらった。
数日前のことを、ふと思い出した。
リーナは山麦の穂を、そっと机に置いた。
「祖母は、収穫が少ないからって馬鹿にされても、種を捨てませんでした」
悠真は黙って穂を見つめた。
「毎年、少しだけ残していたんです。ほかの麦が凍った年も」
「……その種を、ここまで持ってきたんだね」
「はい。でも、うちの村でも全部の畑で育つかは分かりません」
悠真は頷いた。
「なら、条件を変えて試そう。収穫量だけじゃなく、寒さに耐えた割合も記録する」
リーナは笑った。
祖母の小さな畑で守られた種が、学校の研究を変えようとしていた。
数か月後。
試験結果が届いた。
普通の麦は、低温の影響で収穫量が大きく減っていた。
だが、山麦は、収穫量こそ多くないものの、一部の寒冷地で実をつけていた。
「……すごい!」
生徒たちが歓声を上げた。
悠真は頷いた。
「……本当に」
リーナは、嬉しそうに笑った。
「先生!」
「何?」
「うちの村の作物、役に立ちましたか?」
悠真は笑った。
「もちろん!」
そして、「君が教えてくれなかったら、気づかなかったよ」
リーナは、少し照れた。
悠真は、生徒たちを見渡した。
「……皆さん」
教室が静まり返った。
悠真は続けた。
「新しい技術だけが、農業を救うわけではありません」
「昔から受け継がれてきた知識にも、大きな価値があります」
そして、「だから、農民の話をよく聞いてください」
生徒たちは、深く頷いた。
その日。
王立農業学校では、各地の「その種を持って行ったら、村には残りますか」少女が尋ねた。
悠真は調査隊の手を止めた。
「まず村に残す分を決めよう。持ち帰るのは、分けてもらえる分だけだ」
研究の名で種を集め、育ててきた人の畑を空にしてはならない。
少女はようやく、種袋の紐を緩めた。
在来作物を調査する計画が始まった。
だが、その成功の知らせが広がる一方で、隣国ヴァルシア王国では、深刻な政治的混乱が起き始めていた。




