第161話 鉄壁のヴァイス
エルトリア城を出てから、数日が経過した。
今、僕は森林地帯を馬で走っている。
道は平坦で比較的に走りやすい。
周囲に魔物がちらほらいるが、今は時間が惜しいので極力無視する。
森に入ってから約1時間が経った。
左右を山に囲まれた狭い地形となってきた。
さらに走っていると、数人の屈強な男たちが立ちはだかっていた。
そのうちの一人は、見覚えのある顔であった。
ヴァイス・シュトロームである。
「来たか、ファイン・セヴェンス。あの時は一杯食わされたが、今回はそうは行かんぞ」
「ゲブ殿はどこにいる?」
「教える訳がないだろう」
「今は人間同士で争っている場合ではない。みんなで協力して魔王に立ち向かわなければならないんだ!」
「王国軍と協力しろだと? バカを言うな! 王族や貴族の奴らは、俺たち平民の活躍を蔑ろにしてきたのだぞ! そんな奴らと協力などできるものか!!」
なるほど、ゲブやヴァイスたちはエルトリア王家に余程恨みがあるようだ。
あの日、ニーナ王女を嵌めようとしたのも合点がいく。
だが、今は人類同士で争っている場合ではない。
全員で協力して魔王に立ち向かわなければならないのだ。
「ゲブ殿と話がしたい。通してくれ!」
「貴様だけは通すなとゲブ様から命令が出ている。どうしても通りたいと言うのならば、俺を倒してからにするのだな!」
「仕方ない、そうさせてもらう!」
残念ながら、ヴァイスを説得することは不可能なようだ。
僕とヴァイスたちは剣を抜き、臨戦態勢に入った。
結局のところ、戦いを避けることはできなかった。
だが、無益な殺生はできるだけ避けたい。
そこで、僕は相手を無力化することにした。
「睡眠!」
眠りの魔法がヴァイスたちを襲う。
ところが、彼らが眠ることはなかった。
「効かんな!」
「なに!?」
「こんな事もあろうかと、状態異常無効の腕輪を付けていたのだよ。あの時と同じ手は、もう通用せん!」
「どうやら、直接戦うしかないようだな。行くぞ!」
「来い、ファイン・セヴェンス! 正々堂々決着を付けよう!」
そう言って、ヴァイスは武器を構える。
同時に、部下たちが走って僕に接近してきた。
「火球!」
「ぐわああああッ!!」
僕は少しずつ相手の戦力を削っていくことにする。
威力は抑えているので、死んではいないはずだ。
「チッ、バケモノめッ! だがッ!」
「今度はこちらの番だ!」
僕は走りながら、牽制用の火球を撃つ。
ヴァイスは盾で魔法攻撃を防ぐ。
そして、僕は一気に近づいて聖剣で斬撃を放つ。
ヴァイスは盾で防御するが、あまりの切れ味によって盾は真っ二つに切断された。
「なにッ!?」
凄まじい切れ味だ。
予想外の事態に、ヴァイスは驚愕していた。
この隙を突き、僕は彼の胴体を狙って斬撃を放った。
ただし、致命傷にならないように、急所は外しておく。
聖剣の刃がヴァイスに到達した。
ところが、その手応えはまるで鋼のように硬かった。
「スキル【鉄壁】!」
ヴァイスはスキルを発動していた。
自分の身体を硬化させることによって、防御力を格段に向上させているようだ。
そして、ヴァイスがなぜ前線で壁役を務めることができたのか。
それがたった今、本当の意味で理解できた。
このスキルがあったからこそ、ヴァイスは前線で戦い抜くことが出来たのだ。
聖剣の一撃は完全に防がれてしまった。
「どうだ? 俺の【鉄壁】の硬さを味わった気分は。ゼオン帝国軍の攻撃を悉く無力化してきたのだ。例え勇者と言えども、俺の身体にはかすり傷一つ付けることはできん! そして、教えておいてやろう。俺の二つ名は【鉄壁のヴァイス】! 如何なる攻撃も、俺の前には無力なのだ!」
ヴァイスは大剣で攻撃してきたので、僕はすぐに回避する。
「無力? やってみないと分からないな!」
僕はもう一度、ヴァイスに挑む。
しかし、相手は不敵な笑みを浮かべながら、悠然と立っていた。
自分の防御力に余程自信があるのだろう。
そして、僕はヴァイスに肉薄して再度聖剣で攻撃した。
やはり、その手応えは鋼のように硬く、刃が通らなかった。
「言ったはずだ。俺の前には無力だとな!」
ヴァイスは大剣を振り下ろしてきた。
僕は咄嗟に回避し、距離を取った。
「今度はこちらから行くぞ!」
ヴァイスはそう言うと、走って僕に近づいて来た。
その巨体は威圧感を放っていた。
十分に接近したところで、ヴァイスは両手で大剣を振り下ろした。
僕は防盾で攻撃を防いだ。
「何てパワーだ!」
「未熟者め! 俺とお前とでは経験が違うのだよ!!」
「そうかもしれないな。だが、僕とて負けてられないんだよ!」
僕は魔封じを使い、ヴァイスを斬った。
「ぐおおおおッ!?」
ヴァイスの腹部に切り傷が入った。
しかし、咄嗟に避けられたので傷は浅い。
「貴様、何をした!?」
「教える訳ないだろう」
「なるほど、やはり貴様は侮ることはできないようだな。ここからは本気で行かせてもらう。【鉄壁】!」
ヴァイスは再び鉄壁を使い、自身の防御力を上昇させた。
「さあ、行くぞ!」
ヴァイスはそう言うと、走って僕に近づいて来た。
「稲妻矢!」
僕は指先から雷魔法を放つ。
稲妻がヴァイスの胴体に直撃した。
しかし、ダメージを受けた素振りは見せていない。
「やはり、魔法耐性もあるのか!」
「当然だ。俺はゲブ様の作戦を成功させてきた壁役だぞ! 如何なる攻撃も俺には効かんぞ!」
ヴァイスは僕に肉薄し、大剣を振り下ろした。
当然、喰らう訳には行かないので僕は回避する。
しかし、相手は攻撃を続ける。
その動きは、巨体には見合わない素早さである。
とは言え、さすがに僕ほど速くはないので、隙を突いて反撃する。
だが、やはり聖剣の斬撃は効いていない。
「愚か者め! 何度やっても同じ事よ!」
ヴァイスはそう言うと、僕を蹴ってきた。
「何て強烈な蹴りだ!」
僕とヴァイスの間には再び距離ができた。
相手はすぐに走ってこちらに向かって来る。
僕は指先から稲妻撃を放つ。
どうせ下級魔法では効果がないだろう。
ならば、手加減はもうやめだ。
激しい稲妻がヴァイスを襲う。
ところが、彼は悠然と立っていた。
「フハハハハ! 効かぬ! 効かぬわ!!」
続けて、僕は氷の槍を三発撃った。
しかし、ヴァイスの鋼鉄の身体には全く刺さらなかった。
「効かぬと言っているだろう!」
上級魔法でもダメだった。
ヴァイスはそのまま、ゆっくりと僕に向かって歩いて来た。
さすがはゲブの作戦を成功させてきた壁役と言うだけはある。
どんな攻撃をも通さない圧倒的な防御力だ。
……ゲブの作戦? 待てよ。
そう言えば、ゲブは高所などに待ち伏せて矢や魔法などによる、遠距離攻撃を仕掛けて敵を仕留めてきたという。
ここは山に囲まれた狭い地形である。
そうだとしたら、まずい!
そう思った直後、山から矢や火球と言った魔法が飛んできた。
僕は間一髪のところ回避に成功する。
なるほど、これが『ゲブの作戦』か。
「フン、間一髪のところで避けたか。それだけは褒めてやる。だが、これが我々の……ゲブ様の真の戦い方だ! 俺の鉄壁と、ゲブ様の巧妙な戦術! 我々はこの戦法でゼオン帝国の部隊を壊滅に追いやったのだ! 何人足りとも、生きては帰さん!」
それからも、矢や魔法が立て続けに飛んできた。
回避するのが精一杯で、ヴァイスに近づくことができない。
嵌められたか……!
ゲブは初めからこれが目的だったようだ。
僕を排除することで、エルトリア王国軍との戦いを有利に進めるつもりだ。
山からは矢と魔法が雨あられのように降り注ぐ。
今のところ、一発も喰らっていないのが救いである。
しかし、避けるのがやっとで、攻撃に転じることができない。
「さすがだな。だが、俺の存在を忘れたのか!?」
ヴァイスがいつの間にか背後に回り込んできた。
絶体絶命のピンチ。
そして、ヴァイスは大剣を振り下ろした。
ところが、誰かが突然前に出てきて僕を庇った。
「何!?」
その大きな背中は見覚えがあった。
「助けに来たぜ、ファイン!」
それは、ヒューイ・サウスリーであった。
「ヒューイ!? なぜここに……」
「オレだけじゃないぜ! セレーネやルナも来てくれたぜ!」
振り返ると、ルナとセレーネも駆けつけていた。
「ファイン、大丈夫!? ケガはない?」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった。でも、私たちを置いて行くなんて、水臭いじゃない!」
「心配かけてすまない」
「援軍か!? だが、たったの三人で我々に勝てると思うな!」
ヴァイスがそう言うと、次の矢と魔法が発射された。
しかし、ゲブの攻撃は空中で無効化された。
「なにぃ!?」
セレーネが頭上に結界を張って防御してくれたのだ。
「ファイン様、私も援護いたします」
「ファイン、もう一人でどこかへ行っちゃダメだよ?」
「本当にすまなかった」
「私たちは【運命共同体】だからね! 私たち、どこまでも一緒だよ!」
「そうだぜ、ファイン。お前一人で、何でもかんでも背負い込むことないんだぜ!」
「みんな……ありがとう!」
「フン、仲間がいくら集まろうとも、俺の前には無力だと言うことを教えてやる!」
ヴァイスはそう言って、再び大剣を構えた。
「ヒューイ、気を付けろ。アイツはどんな攻撃をも無効化する【鉄壁】のスキルを持っている。だが、僕に考えがある。ヴァイスの動きを少しの間だけ止めてくれるか?」
「おう! 任せろ!」
ヒューイは斧と盾を構えてダッシュした。
「おりゃあああああああああ!!!」
「フン! 威勢だけはいいようだな。だがッ……!!」
ヒューイは一気に近づいて斧を振り下ろした。
一方、ヴァイスは大剣でヒューイの攻撃を受け止めた。
「鉄壁の防御力を持つ俺の前には、どんな攻撃も効かんのだよ!」
「ヘッ、お前なかなかやるじゃねぇか! 本当ならサシで勝負したいところだぜ! だが、生憎今回はそうも行かねぇんでな!」
ヒューイとヴァイスが戦っている間に、僕は素早く回り込んだ。
僕は魔封じを使って鉄壁を無効化した。
そして、気づかれる前に聖剣で背後からヴァイスを斬った。
「バ、バカな……鉄壁の防御力を誇るこの俺が……」
ヴァイスは血を流してその場に倒れた。
とは言え、手加減しておいたので死んではいない。
「もうすぐ、エリーゼさんたちがここへやって来るわ」
「急ごう。何としてもゲブ殿を説得するんだ!」
「おう!」
僕たちは斜面の緩やかな場所から回り込んで、山に登ることにした。
こうしている間にも、魔王は陰謀を企てているに違いない。
今は人類全体で魔王に挑まなくてはならない時だ。




