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リュキアの小人  作者: 五十鈴 りく
2♦薄靄の夢
6/23

2-1

「――間に合ったみたいでよかったね、ミア」


 靄の中、ガラスの向こうからクラインの声がする。そう、ミアは眠っているのだ。あの衝撃的な出来事の後、結局ミアたちはキメラの死体を放置して宿舎に戻った。そうしてそのまま夜を迎えたのだ。明日、どうするのかは未だに誰も考えられないでいた。


「クライン、本当にあなたが言った通りになった。あなたは何者?」


 これは夢だ。それならば、クラインは存在しない。クラインはミアの一部と言えるだろう。そのはずが、違うとどこかで感じてしまう。クラインはミアの意識の外にも存在するのだという気がしてならない。

 クラインは笑った気がした。


「僕は君のきょうだい。すべてをる者。わかっただろう、僕の言葉が真実だって」

「わかった」


 ミアは素直にうなずいた。ああも見事に予知されてしまっては、信じないわけには行かなかった。今は特に現状が不安定であるのだから尚更だ。


「疑わないで、ミア。僕は君に生きていてほしいから」


 生きていてほしいと。そう願ってくれる。クラインはきょうだいだから。

 けれど、ミアは肩から滑り落ちる髪を払いながら訊ねた。


「クラインはどうしてそんなところにいるの? もっとそばに来ることはできないの?」


 ミアとクラインの間にはいつもガラスの隔たりと靄がある。これがなければ、クラインの顔もよく見えるだろう。そうしたら、現実でクラインを探し出すことができる。

 けれどクラインは少しだけ悲しそうな声音で告げた。


「ここから先は僕の領域だからね。でも、僕はいつだって君を見守っているから。……そうだね、ミア、明日はエリアB-6だ。エンリヒ・バルツァー管理官の館のすぐそばに――いいや、中だ。中にまで進入するね。その時、管理官は館にいない。このシステムの不具合に対応するべく、二日前からセントラル・ビルディングに詰めているからね」

「それは何時頃?」

「午後二時十三分だよ。S-12他数体。黄金色の大蛇の体に蝙蝠の翼。毒もあるから気をつけて」

「うん……」


 先にエンリヒに伝えることはできないだろうか。セントラル・ビルディング、つまり島の中枢にいるのなら会うこともままならない。例え会えたとしても、ミアにはあの堅物にクラインの存在をぼかしながら伝える自信はなかった。夢などと口にしたら、まず信じてはくれないだろう。


「ミア、今回は特に複数のキメラがいるからね。一人では駄目だよ。仲間を連れて行かないと」


 クラインの言う通りだ。けれど、皆にどう説明すればいいのだろう。昨日のことでさえ、上手く説明はできなかった。嫌な予感がした、で済ませたけれど、二度もとなればただでさえ不安定になりがちな皆が気味悪がるだろう。考え込むミアに、クラインは重ねて言う。


「大丈夫だよ、ミア。もうしばらくの辛抱だから」


 すべてをる、そうした存在であるクラインがもうしばらくだと言うのなら、ミアにはそれが一縷の希望の光のように思われた。ほっと胸を撫で下ろすミアに、クラインが笑った気がした。


「がんばって、ミア。生きて――」




 このところ、毎日クラインの夢を見る。その夢からの目覚めはよいとは言えない。けれど、クラインがもたらす情報は重要なことだ。メインコンピューター並みに正確に教えてくれる。メインコンピューターとアクセスできない今、クラインの夢がミアたちにとって確かなものなのだ。多分今後、キメラが檻を抜け出す頻度は増す。管理官の館を襲うくらいになるのだ。この宿舎も安全とは言えなくなって来る。

 今までのような生ぬるい戦いが通用しない、生と死の境界に置かれるのだ。人も獣も同じ、強い者だけが生き残れる。そういう展開が待っているのだろう。


 ミアはベッドの上でぶるりと身震いして肩を抱いた。

 その中で生きろと。生き残れと。それは一体何のためなのか、ミアは先に待つものを見たくはなかった。



 食料は減りつつある。けれど、食欲のない者がちらほらいた。ケヴィンのチームの面々も食は進んでいない。パンの欠片を手で弄んでいたけれど、その顔は青ざめている。ミアは食堂の彼らのそばに近づかず、デニスたちにだけ告げた。


「今日こそバルツァー管理官のところに行く。ついて来てほしい」


 チームメイトが囲んでいるテーブルのそばに腰かけながら言った。すると、エーディトが眉を下げた。その不安は当然である。


「昨日、あんなことがあったんだし、大丈夫かしら……?」

「大丈夫じゃないかも知れないから行くんだ」

「ミア、それどういうこと?」


 テーブルの向かいからパネルを操作していたアヒムが顔を上げた。指を止め、じっとミアを凝視する。


「管理官から何か連絡があったの?」

「ないよ。あったらアヒムにもわかるでしょ」

「……」


 アヒムのパネルにもなんの反応もないのだろう。アヒムは押し黙った。


「でもさ、昨日のお前、普通じゃなかったぞ。なんであそこにキメラが出るってわかったんだ?」


 ヤンが難しい表情で机をコツリと叩いた。ミアは小さく嘆息する。


「だから、嫌な予感がしたって言ったじゃない」

「予感って、予知だぞ、あれじゃあ」


 その声が響いた。一瞬、場がシンと静まり、ケヴィンのチームの面々もこちらを注意深く見ているのを感じた。ミアは肩を落とした。


「わからないよ。そんな気がしたとしか言えない」


 すると、エーディトがミアの隣に回り込み、横からミアを抱き締めるようにしてヤンを睨んだ。


「もう、ミアに変な言いがかりつけないでよ。大体、あそこでミアが何も言わなかったらどうなってたと思うの? みんな助かったのはミアのおかげでしょ」

「それはまあ……」


 ヤンも黙り込む。ミアはエーディトの腕からそっと抜けた。


「じゃあ、出かけるのは午後からでいいから。みんなよろしく」

「午後から? 今からでもいいけど」


 デニスが小首をかしげる。ミアはそちらに目を向けずにつぶやいた。


「いいよ、急がなくて」


 クラインが告げた時刻は昼過ぎだ。あまり早く向かってはいけない。そういえば、キメラは毒も持っていると言っていた。血清がこの状況下で手に入るだろうか。一応、宿舎の医務室を見ておくべきか。

 簡単にトーストを齧り、ミアは朝食を済ませた。その後で医務室へ向い、備えつけてあるパネルで薬品の在庫をチェックした。医務室には基本的に誰もいない。重傷者が出た場合はセントラルの方に運ばれるのだから、ここでは応急処置ができる程度の医療器具と薬があるのみである。けれど、毒に対する血清は常備されている。速やかな処置が望ましいのだから、あって当然か。


 血清を持ち出したいけれど、誰が持ち出したのかも記録に残ってしまう。その場合、理由が上手く説明できない。噛まれないように注意することが重要だけれど、ここにあるのなら大丈夫と思っておこう。

 それにしても、とミアは複雑な心境だった。


 エンリヒは自分の館までもがキメラに侵入されるとは気づいていないのだろうか。メインコンピューターの不具合に、多少なりとも狼狽してそこまで気が回らないのかも知れない。館にはこれといって重要なものはないので顧みないだけとも言えるけれど。


 まあいい。とにかく、知ってしまった以上は放っておけない。キメラを檻に戻すことができないのなら、ケヴィンのような手段も必要になって来る。気は進まないけれど、その覚悟も必要だった。

 気が進まないのは、作られた生命体のキメラであれ、命を奪うことを罪深いと感じるからではない。そうではなく、自分が汚れるのが嫌なだけなのかも知れない――。

 

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