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リュキアの小人  作者: 五十鈴 りく
1♦管理者
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1-4

 やはり気が昂っているのか、なかなか寝つけなかった。こうした不測の事態が起こった時こそしっかりしなければと思うのに、やはり人は不安に弱い。ミアと同じように眠れずにいる者も多くいるのではないだろうか。それでもベッドに入って横になっていれば自然と浅く眠りは訪れた。


 薄っすらとした靄。まただ。

 まただと思った。またあの夢だ。

 子供の自分。幼い『きょうだい』。


 薄靄のかかった向こう側に『きょうだい』はいた。けれど、その夢はいつもと違った。靄の向こう、ガラス越しに見える『きょうだい』は変わらない。小さな手の平をガラスにつけてこちらを見ている。ただ、ミアの方が子供ではなかったのだ。今現在のミアがそこにいた。制服ではなくルームウェアで、髪も下ろしてベッドに入った状態のままのミアが『きょうだい』と対峙していたのだ。それをミアは奇異なことと夢の中で認識していた。


「あれ?」


 思わず自分の手の平をまじまじと見つめた。すると、『きょうだい』は口を開いた。いつもの決まり決まった文句ではない。それは初めて聞く言葉である。


「やあ。少し困ったことになったね」

「え?」


 夢だと思うのに、普通に会話を交わしているような気分でもあった。夢とはそうしたもので、夢の中では日常のように過ごすのだとしても、それでも何かが違うと感じてしまう。その違和感を上手く説明することはできないけれど。

 靄に隠され、顔の見えない『きょうだい』はそれでも笑みをたたえているように感じられた。


「でも大丈夫だよ。君には僕がついているからね」


 そんなことを言う。味方だと再三繰り返されて来たというのに、まだミアの中では味方と位置づけることができない。それもそのはずだ。存在自体があやふやで、ミアの夢の産物でしかないのかも知れないのだ。少しの手がかりもない、顔もわからない。それで安心などできるはずもなかった。ミアは思いきって訊ねた。


「大丈夫ってどういうこと? ねえ、あなたの名前を教えて」


 すると、少し声が尖ったような気がした。


「――忘れてしまったんだね。まあ、君のせいばかりとも言えないか。けれど、ここでの僕は所詮かりそめだからね。名がないと困るのなら、『クライン』としよう」


 小さいクライン

 自らを小さき者と名乗る。


「じゃあ、クライン、あなたは何を知っている? 今、この島で何が起こっているのか、知っているのなら教えてほしい」


 すると、クラインはガラスの向こうで笑った。


「僕はすべてをる。けれど、今の君にすべてを受け止めろと言うのはあまりにも酷だから、今はまだ何も言わないよ」


 ただね、とクラインはゆとりを見せるかのように小首を傾げて見せた。


「君には僕がついている。それだけは確かなことなんだよ。だから僕の言葉を疑わないで」


 信じていいのだろうか。ミアの中にある猜疑心の種を、クラインは見透かすようにして小さく笑った。


「疑わないで、ミア。僕は君に生きていてほしいから。僕の言葉はどんな危険からも君を護るよ」


 クラインの輪郭が更にぼやけた。靄がすべてを覆い隠す。だというのに、幻のように浮ついた感覚はない。それは生々しく、湿り気さえ感じるほど確かにミアの脳裏に染みついた。


 これは夢だと、そう認識しているのに、ベッドの上で目覚めたミアは息を詰まらせて飛び起きた。真夜中の暗がりで、荒い呼吸を繰り返す。額を伝って落ちるのは冷や汗だ。ミアはそれを手の甲で拭って息を整えた。


 夢――だけれど、あの夢はただの夢なのだろうか。そうでなければなんだと問われたなら、ミア自身にも上手く説明はできない。けれど、夢と片づけてしまえるほど簡単なものではない。

 ミアのきょうだいのクライン。それが何を意味するのか。誰かに答えを与えてほしいと思った。



 そこからもう一度浅い眠りに就く。すると、そこにクラインの姿はなかった。けれど、声だけがミアの脳裏に響く。小さく、ささやくような声だというのに、驚くほどに鮮明だった。


「ミア、今日の午前八時二分、エリアA-2、君のいる宿舎から南南東の方にキメラが一体、メインコンピューターの不具合を縫って抜け出すよ。M-57、猿の体に森によく似た緑色の翼、とても素早い子だから気をつけて」


 クラインが告げるのは未来のこと。まだ来ぬ先の予測。

 何故。何故そんなことがわかるのか。

 すべてをる、とクラインは答えた。すべてとは先のことも含まれるのか。それならば、この先どうすればいいのか、いつこの不具合は解消されるのか。もっと根本的な問題の答えを教えてほしかった。


 けれど、クラインの声は一方的で、ミアからは何も問うことができなかった。

 そうして夜が明ける――。


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